なぜ創価学会という、邪見の家に生まれてしまったのか

般泥洹経に云く「善男子過去に曾て無量の諸罪種種の悪業を作るに是の諸の罪報は或は軽易せられ・或は形状醜陋・衣服足らず・飲食麤疎・財を求むるに利あらず・貧賤の家邪見の家に生れ・或は王難に遭い・及び余の種種の人間の苦報あらん現世に軽く受るは斯れ護法の功徳力に由るが故なり」云云(開目抄下)

邪見の家の有名な御金言だ。

何度読み返したことだろう。

創価2世を幸運と勘違いしていた幼少期を思い出しながら。

創価学会を敬いその構成員であることを誇りにしていた両親。

人間革命を愛読してノートに写経していた父は、勝手に戸田門下を名乗っていた。

池田大作のことは端から嫌いだったのだろう。家では呼び捨てにしていた。

そんな家に生まれて、国立戒壇顕正会にも入って18年も在籍した。

法華講に戻って7年が過ぎ見えてきつつあるものがある。

般泥洹経に云く「善男子過去に無量の諸罪・種種の悪業を作らんに是の諸の罪報・或は軽易せられ或は形状醜陋衣服足らず飲食麤疎財を求めて利あらず貧賤の家及び邪見の家に生れ或は王難に遇う」等云云(佐渡御書

高山に登る者は必ず下り我人を軽しめば還て我身人に軽易せられん形状端厳をそしれば醜陋の報いを得人の衣服飲食をうばへば必ず餓鬼となる持戒尊貴を笑へば貧賤の家に生ず正法の家をそしれば邪見の家に生ず善戒を笑へば国土の民となり王難に遇ふ是は常の因果の定れる法なり(佐渡御書

過去の誹謗によりて・やうやうの果報をうくるなかに或は貧家に生れ或は邪見の家に生れ或は王難に値う等云云、この中に邪見の家と申すは誹謗正法の家なり王難等と申すは悪王に生れあうなり、此二つの大難は各各の身に当つてをぼへつべし、過去の謗法の罪を滅せんとて邪見の父母にせめられさせ給う、又法華経の行者をあだむ国主にあへり経文明明たり経文赫赫たり、我身は過去に謗法の者なりける事疑い給うことなかれ(兄弟抄)

公称800万世帯の邪見の家にどれだけの偽福子が生まれたのだろう。

きっと顕正会でもよく似たことを言っているのだろうけど。

此の法華経の本門の肝心・妙法蓮華経は三世の諸仏の万行万善の功徳を集めて五字と為せり、此の五字の内に豈万戒の功徳を納めざらんや、但し此の具足の妙戒は一度持つて後・行者破らんとすれど破れず是を金剛宝器戒とや申しけんなんど立つ可し、三世の諸仏は此の戒を持つて法身・報身・応身なんど何れも無始無終の仏に成らせ給ふ(教行証御書)

しかし、当時の偽福子たちは曲がりなりにも金剛宝器戒を賜っている。

戒の力を信じたい。きっと信心をやり直すために生まれ変わってくると。