「時を待つべきのみ」という信仰姿勢とは

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1 人生を決めた御書

戒壇とは王法仏法に冥じ仏法王法に合して王臣一同に本門の三秘密の法を持ちて有徳王・覚徳比丘の其の乃往を末法濁悪の未来に移さん時勅宣並に御教書を申し下して霊山浄土に似たらん最勝の地を尋ねて戒壇を建立す可き者か時を待つ可きのみ事の戒法と申すは是なり(三大秘法禀承事)

日蓮一期の弘法、白蓮阿闍梨日興に之を付嘱す、本門弘通の大導師たるべきなり、国主此の法を立てらるれば富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり、時を待つべきのみ事の戒法と云うは是なり、就中我が門弟等此の状を守るべきなり。(身延相承書)

この御書と真剣に向き合ったのは19歳の時でした。

26年の歳月が流れました。

昭和47年、私が生まれた年に正本堂が建立され26歳の時に解体されました。

現在の日蓮正宗ではあまり触れられることのない御書です。

事の戒法は時を待つべきという、日蓮大聖人様の御命令が不都合な真実だからでしょう。

平成22年に法華講に戻って教学の勉強を再開したときに、現在の宗門では事の戒壇は本門戒壇の御本尊様の御在所ということになっていて驚いたことを思い出します。

高校1年生の時に創価学会の教学試験を受けました。

私が仏法を本格的に学んだ最初でした。

当時のテキストには、三大秘法の説明として本門の戒壇の項目には、義の戒壇広宣流布するまでの戒壇大御本尊安置の処)・事の戒壇広宣流布達成後の戒壇御本尊安置の処・昭和47年正本堂建立により達成された)と書かれていました。

教導役の男子部員二人が、ここの頁に来た時に「もう、広宣流布は達成なんだよ」と、言い合いながら笑っていたのが腑に落ちず、なんで?って思ってました。子供だましにもならない話です。

2 宗門の現状

法華講に入って7年が過ぎました。

大石寺の登山にも何十回も参詣しました。

罪障消滅の苦しみ、仏法の本物の功徳や罰を体験しました。

戒壇の大御本尊様にお目通りが叶った喜びもありました。

父親の葬儀で悪相が成仏の相に転じる現証も目の当たりにしました。

戒壇の御本尊が信仰の根本であり、日蓮正宗以外の信仰では救われないとの確信も得ております。

しかし、物事とは総別に分けて考えなくてはならないと思っています。

総じて言えば、日蓮正宗こそが唯一の正しい信仰だということに間違いはありません。お寺で御授戒を受けて信徒になるより、現世安穏後生善処はないのです。創価学会員や顕正会員には、脱会後には日蓮正宗に帰依することをお勧めします。

しかし、別して言えば様々な問題点は残されています。

その根源は、僧侶の妻帯だと思っています。

一、先師の如く予が化儀も聖僧為る可し、但し時の貫首或は習学の仁に於ては設い一旦の媱犯有りと雖も衆徒に差置く可き事。 (日興遺誡置文)

日興上人様のお言葉にはっきりと書かれています。

この文章の解釈も様々あることも知っていますが、はっきり書かれたものに解釈など必要ないのではないでしょうか。

普通一般人と変わらない修行で誰が尊敬するのでしょうか。

ましてや閨閥による支配とか、親子二代で僧侶や貫首職とか論外でしかないと思うのです。成仏とは関係ないことは存じておりますが、俗を教導する役目や死を覚悟しての折伏とか、本当に可能なのでしょうか。

一、未だ広宣流布せざる間は身命を捨て随力弘通を致す可き事。(日興遺誡置文)

在家に残された御文ではないですよね。

3 国難前夜に

 

一、本門寺を建つ可き在所の事。
 五人一同に云く、彼の天台・伝教は存生に之を用いらるるの間・直に寺塔を立てたもう、所謂大唐の天台山・本朝の比叡山是なり而るに彼の本門寺に於ては先師・何の国・何の所とも之を定め置かれずと。
 爰に日興云く、凡そ勝地を撰んで伽藍を建立するは仏法の通例なり、然れば駿河国・富士山は是れ日本第一の名山なり、最も此の砌に於て本門寺を建立すべき由・奏聞し畢んぬ、仍つて広宣流布の時至り国主此の法門を用いらるるの時は必ず富士山に立てらるべきなり。

 一、王城の事。
 右、王城に於ては殊に勝地を撰ぶ可きなり、就中仏法は王法と本源躰一なり居処随つて相離るべからざるか、仍つて南都七大寺・北京比叡山・先蹤之同じ後代改まらず、然れば駿河の国・富士山は広博の地なり一には扶桑国なり二には四神相応の勝地なり、尤も本門寺と王城と一所なるべき由・且は往古の佳例なり且は日蓮大聖人の本願の所なり。

(富士一跡門徒存知の事)

人間は見たいもの聞きたいものしか取り入れません。

顕正会から法華講に入った人も、功徳欲しさからか宗門べた褒めに走る人が多いです。

文証を示しても文章に固執する人間は愚者で、賢者は義を尊ぶとか。

恐れ入る話ですが・・・。

(富士一跡門徒存知の事)(三大秘法禀承事)(身延相承書)という重要な相伝書と御書を並べてみれば、日蓮大聖人様の御遺命は事の戒壇建立にあることは明白です。

戒壇は三大秘法の一つですから化儀ではなく、化法だと思うのですがいかがでしょうか。

化法は時代に左右されませんし、貫首上人も左右できません。お題目が念仏にならないの同じことです。日蓮正宗の御本尊様(戒壇の御本尊様を書写)の相貌に種類があっても、主題はお題目ですし十界が互具していなければなりません。勤行の仕方や御給仕の作法とは違うのです。

日本の王(天皇)が帰依し、国民も大臣から庶民まで帰依したとき事の戒壇は建立されるのです。

他国はその後国家的使命として折伏の対象となり、また、公伝していくのです。

そのためにも国家鎮護の大戒が日本に建立され、その範を示さなければならないのです。日蓮大聖人様の仏法を根本とした皇室、政治家、国民からなる国は、立正安国の現証を世界に示さなくてはなりません。全世界広宣流布後に戒壇建立などどこにも文証は存在していません。

日蓮正宗の一信徒として、身に偽りの親しみはできません。

一筆言上し時を待つべき信心を全うしていきたいと思っています。

 

平成校定日蓮大聖人御書 第2巻

平成校定日蓮大聖人御書 第2巻