人相も手相も変わるんだよ~創価・顕正を経て法華講で7年

今日は久々にお休み。

朝から散髪に行きました。

散髪屋さんの鏡で自分の顔を見てびっくりしました。

「おおお!目じりが下がっているではないか」

10年前くらいの僕は、話しかけづらいとかこわいとかよく言われていました。

今の職場では普通に、〇〇さんは優しいからとか、いい人だから付け込まれないようになんて言われます。

言われた自分が一瞬、???と、きょとんとしてしまいます。

僕のことでしょうか?

な感じなんです。ほんとに。

 

顔を見れば9割わかる

顔を見れば9割わかる

 

手相の感情線もなだらかに。

以前の僕の感情線は急角度に跳ね上がり、先っぽは二又に大きく分かれていました。

気性が激しく怒りっぽい上に、二重人格の嘘つきという最悪の性格を表していました。

最近、ふと手のひらを見てみると、なんとなだらかに。そして、二又の上の方の線がうっすら~と、消え入りそうな状態にしぼんでいました。

確かに。

最近、怒り狂い人のことを執拗に思い煩うことも少なくなりました。

人間の心と体は絶妙に融合しているんですね。

しかも主体は心ですから、7年かけて人相や手相も変化したのかもしれません。

 

創価学会顕正会の人って、凶相の方が多いような気がします。

おブスとかイケメンとかという意味ではなく、目を合わせるのがドキッとするような顔つきや目つきの方という意味です。

如是相が第一ですから。

そして究竟すれば九如是は等しく、相互連関し合っているわけで・・・。

刑務所の看守をしていた時に、こいつは盗人顔、こいつは強姦顔って見分けができるようになっていたのも、なるほどなあって思うのです。

法華講で肝心なのは五座三座の勤行と、御塔婆供養だと思っています。

自行化他ですからね。

勤行唱題は自行。

御供養は折伏の本陣への供養であり、御塔婆の裏には「乃至法界平等利益 自他倶安同帰寂光」と書かれています。自分の先祖だけでなく、宇宙全体に仏様の恩恵が降り注ぐように、御祈念されているのです。

ぜひ、創価・顕正の会員様には安穏の境涯を自身の心に構築してほしいものです。