病苦を乗り越える【此の経は則ち為れ閻浮提の人の病の良薬なり】 慈本寺御住職の法話

 【死んで終わりではない】
 東大病院救急部長を勤められ、現在、東京大学名誉教授をされている、矢作(やはぎ)直樹という医師がいらっしゃいます。
 2011年、死後世界の存在を主張した『人は死なない』という本は18万部売となり、以後、出版活動をスタートされます。 2014年に刊行した『おかげさまで生きる』は30万部を突破しましたので、読んだことはなくとも、耳にしたことはある方もいらっしゃるかと思います。
 勤務されていた東大病院では、年間三千人もの患者が集中治療室で治療を受けるそうです。
矢作教授も臨床医として、日常的に多くの「死」に立ち会ってこられました。そして、救急外来の現場では患者さんの疾患や障害の原因がどうしても解明できない、ということがしばしば起こるのだそうです。
 医学的に見て助かりそうな人が突然亡くなったり、死にそうな人が奇跡的に回復し、肉体的には死んでいるはずなのに何日も生き続けている人がいるようなのです。
 教授は、このような事例を数多く見るにつけ、次第に、人間の生死には我々の 理解を超えた「何か」が働いているのではないかと考えざるを得なくなったというのです。

 その結果、教授は「寿命が来れば肉体は朽ち果てるが、霊魂は生き続ける。その意味で、人は死なない」という考えに至りました。つまり、人間というのは肉体とエネルギー体、いわゆる「霊魂」に分かれているとしか思えなくなったのだそうです。

 教授は、「予知夢(よちむ)」や「臨死体験(りんしたいけん)」についても述べていますが、世界中を見回せば、親族や友人が亡くなる前に夢枕に立ったという体験をした方、自分の横たわっている姿を上から見たという臨死体験をした方は大勢おり、一概に否定は出来ないと思います。
※「週刊現代 2013年3月16日号より」

 【仏法で説く三世の生命】
 日寛上 人は、
 「衆生、前生に善悪の業を作り已(おわ)って、死して中有(ちゅうう)にある時、其の業力に由り、能く生処(しょうしょ)の父母の交会を見て愛心を起こし胎内にやどる。これを識(しき)と云ふなり。識と(しき)云ふはこころ也。」 (『寿量品談義』富士宗学要集・十巻二四〇頁)
と仰せです。
 日寛上人は「識(しき)」とは「心」であるとし、死後に「中有(ちゅうう)」に冥伏(みょうぶく)していた「識(しき)」が宿業によって親を選んで、母親の胎内に宿り、この世に生まれ出てくると御指南くださっています。

 矢作教授の言う「霊魂」のことを、日寛上人の御指南に当てはめて「識(しき)」と言っていいと私は思います。
 教授のおっしゃりたい事は同じような意味だと思いますが、「霊魂」というとどうしても世間の人は「幽霊」とか「死霊」といったものを連想しがちですが、人が亡くなって「中有(ちゅうう)」に「識」が冥伏するといっても当たり前のことであり、恐がる必要はありません。

 このように、私どもの生命は永遠であり、今世から来世、来世から、さらに次の世へと生まれていくのです。それを順次生(じゅんじしょう)と言います。
 そして、今世の所業によって次生以後の果報、すなわち報いが決定されていくと仏は説かれています。つまり、無始無終(むしむしゅう)に連続する生命活動にも、厳然と因果の理法が存するのです。
 人が生まれながらに、例え兄弟であっても、姿形や因縁、果報に差別があり、平等でないのは、全てはその人の前世に冒した因縁によるからなのです。
 全知全能の神や、天理教で言う親神などの人智を越えたはたらき(これを一部ではサムシンググレートsomething great 直訳すると「偉大なる何者か」)によって、生命は存在するという考えもありますが、私は違うと思います。

 大聖人様は『生死一大事血脈抄』に、
 「過去の宿縁追ひ来たって今度日蓮が弟子と成り給ふか。釈迦多宝こそ御存知候らめ。「在々諸仏土常与師倶生(ざいざいしょぶつどじょうよぐしょう)よも虚事(そらごと)候はじ。」 (514ページ)
と、佐渡の地にて弟子の最蓮房に仰せになられたことがあります。
 意味は、『過去世からの宿縁に導かれて、今世に日蓮と同じ日本の国土に共に生まれ、日蓮の弟子となられたのであろうか。釈迦仏・多宝如来こそご存知のことであろう。なぜなら、法華経化城喩品第七に、「あらゆる場所の、あらゆる諸仏の国土に、常に師と共に生まれる」と書かれてある。経典に書かれていることが、まさか嘘であるはずがない。』という事で、大聖人様は三世にわたる師弟子の深い因縁を仰せです。

 【人智を越えた仏力法力】
 「人間の生死には我々の理解を超えた「何か」が働いているのではないか?」と矢作教授が言われましたが、それを理解するには、久遠元初の法である、日蓮大聖人様 の法を根本としなければ分かりません。
 現代科学でさえ解き明かせない分野を、すでに仏は覚知(かくち)され説かれてきたのです。その仏法の中でも、日蓮大聖人様の法は究極の法なるが故に、我々は理解と言うより「信解」「体得」するのです。

 文永元年(1264年)の秋、日蓮大聖人は御母妙蓮の病が重篤であるとの報せを受け、立宗宣言以来12年ぶりの帰省を決意されました。
 大聖人が帰り着かれたとき、すでに母の病は重く、まさに臨終の状態でした。
 大聖人様は『伯耆公(ほうきこう)御房消息』に、
 「此の経文は廿八字、法華経の七の巻薬王品の文にて候(中略)母の(中略)やがて死なせ給ひて候ひし時、此の経文をあそばし候て、浄水をもってまいらせさせ給ひて候ひしかば、時をかへずいきかへ らせ給ひて候」 (御書1589頁)
と示されるように、大聖人様の祈りと御秘符の聖水によりご母堂が息を吹き返され、しかも寿命が四年も延びたのです。

 また、大聖人様より上野賢人と讃えられた青年地頭の南条時光殿も、弘安五年二月、大法難と心身の労苦からか二十四歳の時、ついに病に倒れました。
 ちょうどその頃、大聖人様も持病で臥せっておられましたが、時光が病であると聞くや筆を取ろうとされましたが、衰弱して大聖人様は御筆が取れません。そこで、先ほど示しました、瀕死のご母堂が蘇生された体験を示され、御秘符を添えて
 「寅卯辰の刻にしやうじがは(精進河)の水とりよせさせ給ひ候て、このきやうもんをはいにやきて、水一合に入れまいらせ候てまいらせさせ給 ふべく候」(御書1589頁)
と、側におられた日朗に筆を取らせ、大聖人様が口述されて時光殿を激励されました。
 しかし、青年時光殿の前途の信心、宗門の将来に期待を寄せられる大聖人様は、日朗の代筆だけでは気が済まず、三日後の二月二十五日、重い病床から御法体をまげて自ら御筆を取り、救助されたのが『法華証明抄』です。
 「時光は故上野殿の嫡子となって、だれも法華経の信仰を勧めないのに心から信仰され、上下万人から法華経の信仰をやめるように、あるいは諌(いさ)められ、或は脅かされながらも結局捨てる心がなく、もはや成仏しそうになったので、天魔・外道が病をつけて脅かそうとしているのであろう。命は限りがあることであり、少しも驚いてはならない。 
 鬼神どもよ、 この時光を悩ますのは、剣を逆に飲むか、大火を抱くか、あるいはまた、三世十方の仏の大怨敵となろうとするのか。
此の時光の病をたちまちに治して、かえって守護の善神となって鬼道の大苦を免れるべきではないか。そうでなければ、日蓮の申すことを卑しむならば必ず後悔するであろう。後悔するであろう。」 (御書1591頁 趣意)
と、病をおしてのこの激励、鬼神への大折伏にさすがの病魔も退散、たちまちに病は平癒し、以後五十一年間の延命をしたのです。
 七歳にして父と死別、幼くして家系地頭職を継ぎ、生涯を信心一途に宗開両祖に捧げ、正法弘通のために種々なる風雪に耐え、苦難を乗り切り、大石寺開創に尽力された南条時光殿も、老後は大勢の子供に囲まれ、幸福な生涯を閉 じているのです。

 【御秘符】
 大聖人様の御母堂や、南条時光殿が延命されたとする御書にもある「御秘符」ですが、今でも、本山の猊下様にお願い申しあげ、大御本尊様への御祈念と御下付を賜る事が出来ます。
 この、御秘符の功徳については様々に語られ、皆さんも聞いたこともあろうかと思います。
 先日、あるお寺の住職さんから伺った話では、そこの御信徒で入院された御主人が、心不全を中心とする多臓器不全で危篤になり、医師より、親族みなを集めるように突然連絡があったそうです。
 奥さんが所属寺院へ連絡して御秘符が申請され、緊急事態につき、直ちにお寺の奥さんが病院へ届けたそうです。病室内で御秘符を受け取った奥さんが、呼吸器をつけた御主人の姿を観て、一 瞬「もう遅いか、ダメかな」と思ったそうですが、「いや、あきらめちゃいけない」と思い立ち、看護婦さんに、「私は日蓮正宗の信徒なんです。この世の最後のお願い。この符を主人に呑ませてあげたい」と懇願したら、呼吸器を取り外してくれ、どうぞ、ということになり、瀕死の状態の御主人の唇に、御秘符を研いだ水を含ませたそうです。
 その瞬間、なんと、息を吹き返したというのです。ドラマの様なシーンですが、その場には、ご子息も一緒に祈られており、まさにその祈りと相まって、驚天動地の大現証が顕現したと、そこの御住職がおっしゃっていました。
 しかも、御秘符の水を飲んだ瀕死の御主人が、奥さんに「美味しい、もっと欲しい」と話されたそうなのです。
 矢作教授の言う、医学的に亡くなってもおかしくない方が、生きているというのはこのことだと思います。この一族には、護法のために重大な使命がまだ残されているのです。
 また、この家族が素晴らしいのは、堂々と病室でお題目を唱え、日蓮正宗の信仰者であることを訴え、御秘符を服すことを願い出たことです。
 微塵(みじん)も人目を気にしたり、躊躇(ちゅうちょ)したりせずに、御本尊様を信じ切っての行動が取れたということが明暗を分けたとも言えます。
 いかに日頃からの法統相続、信心の錬磨が大切であるかと言うことだと思います。皆さんも自分が臨終の時に朗々と唱題してくれる眷属、法友を持てるよう心がけてください。そのためには、自ら実践して見せていくことが大事だと思います。

 日如上人の御尊父であ る観妙院日慈上人は、
「他人を折伏して功徳を願う者が、自分の子供、自分の孫を信心ざせられないことは残念です。
 とくに女親は、自分のお腹を痛めて、おむつから育て、子供はお母さんを頼りにして一年たち二年たちしていく。赤子はお母さんから離れられない。そのお母さんが、本気で御題目を唱えて子供の幸せを願う。お母さんならば、子供は一生涯ついてくる。そのお母さんの命をかけた法統相続の願いなら、子供は当然また命をかけた法統相続をする。そして代々その家が絶えることはない。栄えることは、火を見るより明らかなのです。
 法統相続、これが大事ではないでしょうか。夫婦が異体同心に信心をし、法統相続をする。そして、寿命は一切御本尊に任せて題目を唱える。いかなる 人も、いくつになる人も、題目を唱えて、臨終ただいまにありと悟りきったところに、永遠の生命の本質がつかめる。そこまで徹底していかなければならない」
(観妙院日慈上人指導集四―四二)
 と、法統相続と御本尊様にこの身を任せきる信心が大切であることを御指導されています。

 【学会で作っていた護符なるもの】
 かつて創価学会の戸田会長が、
 「皆さんに一つの不思議を申しておく。それは本山に護秘符というものがある。大聖人がお母様が病気ときいて伊豆から帰られた時、すでに亡くなったお母様にさし上げて、それから息をふき返し、四年間命を保ったもの。これは大聖人様以外御法主猊下でなければつくることは出来ない秘法になっておる。」 (戸田会長指導 『聖教新聞』昭和三十一年十一月四日)
と、当時の学会員に言っていたように、御秘符の深義は唯授一人の御相伝ですから、敢(あ)えて我々の窺(うかが)い知る所にあらず、信心でありがたく服すればいいのです。
 しかし、創価学会で独自に病気に効くと「護符」なる紙片を会員に与えていたことがあります。御虫払いで大御本尊様を拭いた紙と称していましたが、本山で学会にそのような紙を渡した事実はありません。
 この「護符」の大謗法行為を信じない学会員がいますが、「辻副会長から退院してから親子で飲みなさいと護符をもらった」という記述が、【昭和六十三年練馬文化会館の記念勤行会での感動の体験談です。】としてインターネット上で紹介されています。
 慈本寺の講中で も、幼い頃は喘息がひどく、熱心な学会員だったおばあさんが学会から「護符」をもらってきて、小さな紙をよく飲まされたという講員さんがおります。
 当時の執行部が何を考えて「護符」を作製し会員に飲ませていたのか分かりませんが、今の謗法まみれの淵源(えんげん)はここにあると思われます。
 我々は決して諦めることなく、執行部にダマされ、洗脳されている学会員を救い出すべく、折伏を続けて参りましょう。


 【病を乗り越える】
 大聖人様は『太田左衞門尉御返事』に、
 「されば経に云はく『此の経は則ち為(こ)れ閻浮提(えんぶだい)の人の病の良薬なり。若し人病有らんに是の経を聞くことを得ば病即(そく)消滅して不老不死ならん』等云云」(御書1222頁)
と仰せですが、良薬といっても「御秘符」 は世間的なクスリではなく、信心で服するのです。
 大聖人は『最蓮房御返事』に、
 「法華経の行者は信心に退転無く身に詐親(さしん)無く、一切法華経に其の身を任せて金言の如く修行せば、慥(たし)かに後生は申すに及ばず、今生も息災延命にして勝妙の大果報を得、広宣流布の大願をも成就すべきなり」(御書642頁)
と仰せであります。
 私たちは、大御本尊様に対する絶対の確信を持って、たとえいかなることがあろうとも迷いを生ぜず、絶対に退転しないで、また自らの行動に詐(いつわ)り親しむことなく、正直に信心を貫きとおし、すべて御本尊様にその身を任せて、大聖人の御金言のままに素直に自行化他の信心を実践していくところに、後生は言うに及ばず、今生においても災いを取り去り、寿命を延ばし 、災難や障害のない幸せな境界を築くことができるのであります。

      住 職  小橋 道芳

 

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