あざとい葬儀 【御臨終のきざみ、生死の中間に、日蓮かならずむか(迎)いにまいり候べし】

 【葬送の仕事師】
 井上 理津子氏の『葬送の仕事師たち』(新潮社)という本を読みますと、葬儀にたずさわる様々な分野の方々の、真摯な姿勢、苦労が書かれています。
 全国には多くの葬儀社がありますから、なかには、故人を供養する気持ちを見失ってしまい、効率、利益、体裁を重視する会社もあるでしょう。
しかし、働いている個々の方は、誇りを持って働いている、真面目な方が多いように思います。

 私自身も僧侶として、葬儀の導師を勤めさせていただいていますが、こういう方々の表に出ない苦労によって支えられていると言うことを改めて感じましたし、さらに、ブラジルに在勤していた頃を思い出しました。

 今はどうか分かりませんが、25年前のブラジルの法律では「死亡後、24時間以内に埋葬すること」というものがありました。理由は、暑い国だからと聞きました。
ですから、突発的にお葬式の依頼が来ます。お葬式へは、メンバーと供に組み立て式の祭壇を持って、導師御本尊のお供をして行きます。
個人の家の場合もあれば、墓地の敷地内にあるホールというケースもありました。日本のようなちゃんとした仕事をする納棺師がいません。読経中も日本と違って、棺の蓋は開いています。すると、どういう事が起きると思いますか?
 まず、ドライアイスも使わないので、すでに死臭が漂っています。また、鼻や耳に綿も詰めないので、赤ちゃんの葬儀で読経中に鼻血が出て止まらないということがありました。
 さらに、銃で撃たれた若い男性の葬儀では、私の方からは撃たれた側の頭部が見えませんでしたが、お別れの時にその部分を見た友人が、貧血で倒れてしまうということがありました。傷を隠さない事など日本では考えられないことです。

 葬送の仕事は、誰かがやらねばならない仕事であっても、日本では未だに差別や偏見のある仕事です。
 火葬場に勤める方へ、親族が辞めるように説得する例も載っていました。多くの職種の中でも、納棺師は映画「おくりびと」で有名になりましたが、復元師やエンバーマーに関して、私はほとんど知識がなかったので、とても興味深く読みました。

「日本ヒューマンセレモニー専門学校」という葬送関係の学校があることも初めて知りましたし、学ぶ方も教える方も、志を高く持って真剣に取り組んでいるようでした。
「仕事師」たちの遺体に対する敬意、遺族への思いやり、そして仕事への誇り、そうしたものが丹念に綴られており、例えば、霊柩車の運転手は、ほぼ満杯の水を入れたコップを車内に置いても、それがこぼれることがないように、揺れない運転を心掛けているそうです。

 また、東日本大震災における、復元師の方のエピソードも載っていましたが、砂を吐き続けるご遺体を前に、今までの経験や小さなプライドは全部消し飛んだそうです。
生半可な気持ちではとても全うできない仕事で、従事されている方々の姿勢には頭が下がります。

 また、この本を読んで初めて知りましたが、死後は体内の雑菌が繁殖するので、そういう処置(エンバーミング)をされていないご遺体にキスをしたり、ベタベタ触る行為は医学的に好ましくないようです。


【葬儀前のアナウンス】
 私が高校生の頃から愛読している作家の一人に、椎名誠氏がいます。4年ほど前に書かれた椎名氏のエッセイに、次のような文言がありました。
『あれは僧侶による読経がはじまる前だったろうか。館内にとつぜん低く沈んだような声が、しかしプロのアナウンサー経験者かなにかだろう、みごとに抑制の効いた話しかたで モノローグ調の「おはなし」とでもいうような女性の声が流れはしめた。
 ゆっくりした、悲しみをこらえたような声で「ひとは、生まれるときに、両手をかたくにぎりしめているといいます……」
 なんていうようなことをいきなり言い始めるのだ。よくは覚えていないが、たいした時間ではなかった。言っている事だって、人は生まれたからいつか死をむかえる運命になっているのです……、などというどうというものでもなかったが、聞いていてむしょうに腹がたった。その声はあきらかに録音されたもので、言葉のプロがなにかを読んでいるだけのものだ、ということがはっきりわかった。その日葬儀でおくられるガンで死んだ編集者と縁もゆかりもない、ただの言葉の職業人の、しかも何時録音されたかわからないような、つまりはビジネスの声が天井付近のスピーカーから聞こえてくる。
 やめてほしい、と思った。 
「あざとい」という言葉が頭のなかで回転していた。「葬儀屋どもめ」という怒りが噴き出した。おそらくこの斎場では、すべての葬儀にこの声を流しているのだろう。
 縁もつながりもなにもないどこかの「言葉の職業女」に、本当の悲しみにつつまれた参会者がおちょくられている、という気分だった。 
 この斎場は何かを間違えている。人の死をおくる真剣な悲しみのなかに、このような演出は必要ない。』 
(『ぼくがいま、死について思うこと』  
椎名誠 新潮文庫28頁)

 この文中に「あざとい」という文言が出てきますが『広辞苑』によりますと、
1思慮(しりょ)が浅い。小利口(こりこう)。
2押しが強く、やり方が露骨。
という意味があります。

 なぜ椎名氏は怒ったのか?それは、「大切な人を亡くした悲しみの中、赤の他人が何の感情も込めず職業的に悲しみを押しつけてきた。」と感じたからなのではないかと拝察します。
 私は普段、葬儀会場に赴いても、声がかかるまで控え室にいますので、諸注意事項の他にどんなアナウンスがあるのか詳しく知りませんでしたが、この一文を読んで、できれば注意事項以外は言わないで欲しいと思いました。
 
 実際に私が慈本寺へ赴任してからの話ですが、棺に親族が集まって、最後のお別れしている際、「80年の御生涯を、家族の幸せを願って懸命に生きてこられました。」などと、何度も泣いている親族に語りかけ、さらに泣かせようとする葬儀社の方。
「もうこれが故人様に触れる事が出来る最後のお別れです。どうか、どうか、お顔を触ってあげて下さい。」と何度も言う葬儀社の方もいました。
 葬儀社の方は、故人との最後の思い出を作って欲しいという善意で行っているのでしょうが、私にとっては迷惑な行為でしかありませんでした。
なぜなら、日蓮正宗には大聖人様の教えに則(のっと)った生死観もあれば、弔い方もあるからです。

 日寛上人の『臨終用心抄』によりますと、故人が心安らかに成仏するために
・臨終正念(りんじゅうしょうねん)が乱されるため妻子眷属(さいしけんぞく)が大声で嘆き悲しんではいけない。
・見た目には分からないが、断末魔(だんまつま)の時は、指一本触れても、大きな石を投げつけられたような痛みを感じるのである。
などの教えがあるからなのです。

「最後だから触れてあげて」と執拗に言うスタッフは、『遺体処置』などのちゃんとした教育を受けていないのかとさえ思いました。


【あざとい宗教家や、自称・特殊能力者】
スピリチュアルカウンセラーなる人がいます。普通の人には見えない、守護霊や亡くなった人が見えるという人達です。
日本には昔から、霊媒師(れいばいし)、イタコといった人が口寄せをします。口寄せは、死者あるいは祖霊と生きている者の交感(こうかん)の際の仲介者という体(てい)ですが、実際の所は、巧みに依頼者が言って欲しそうなことを瞬時に察知してもっともらしく話しているに過ぎません。
カタカナで名乗ろうが、霊媒師と言おうが、本質的には同じです。
彼等は真顔で『いまも亡くなったお母さんはあなたの側にずっといて、守護霊として護って下さっています。ほら、私には見えます。』と平気で言います。
 言われた方は安心もするし、嬉しくもなるでしょう。
大昔より、相談者が望むようなことを当たり障り無く言うので存続していられるのでしょうが、目に見えない事を良い事に、悪徳商法を行う人間がいるのも事実なのです。

 また、他宗派の僧侶ならば
「立派に往生されました」
「浄土にお生まれです」
「亡くなれば、みな仏です」
「御先祖と供にいます」
などと遺族が喜びそうなことを言います。
 言っている本人が体感や確信が出来なくとも、たとえそれが真実でなくとも、遺族からは感謝され、「ありがたい」と賞賛されることでしょう。

 しかし、うわべの言葉を羅列しただけの薄っぺらい話しに、私は椎名氏が葬儀前のアナウンスに感じた感情と同じものを抱かずにはいられません。

 その象徴が、全国の僧侶向けの「通夜・葬儀法話集」という本です。うちもお寺ですから色んなダイレクトメールが来ますが、うたい文句には『宗派を問わず、難解な仏教語を使わず、平易なことばで語り、話のつなぎや展開に自由に使える話材集』とあります。
 ろくに修行も研鑽もしない、ナンチャッテ僧侶なら飛びつくのでしょうが、まさに「葬送サービス業」でしかありません。
世間の人が、インターネットのお坊さん便で葬儀を頼む事を怒る前に、他宗の方々は法外な値段をふっかけながら、マニュアル棒読みの説法しか出来ない自分を反省すべきなのです。

 仏教は本来、「因縁(いんねん)、果報(かほう)、縁起(えんぎ)」から生命の流転(るてん)を説きますが、それらを無視して、親族へのウケを狙って、出来もしない死者の果報のみを語るのは、あまりにも無責任な行為だと思います。

 釈尊は、涅槃経に
「人間に生まれてくるのは、とても稀(まれ)なことです。生きとし生けるものは数限りなくあるけれども、人身を受けるということは、大地の砂を爪の上に載せて残った砂ぐらい、わずかであり、ありがたいことなのです。」
と説かれます。
 その上で日蓮大聖人は『三沢抄』にて、
「仏法を学ぶ者は大地微塵よりも多いけれども、本当に成仏を遂げる者は爪上の土よりも少ない。」
(御書1202頁 趣意)
と説かれています。
 その理由については、
①自分の心が愚かなために仏教を正しく習得できない。
②智慧は賢いけれども悪師によって心が曲げられ仏教を正しく習得できない。
③正しい師や教えに値うことができても、三障四魔によって信心を破られる。
と仰せです。

 それだけ、正しい信仰を、正しい師匠について、正しく行じて成仏するということが至難であると説かれています。
 先ほど例に挙げた霊媒師や他宗の僧侶などは、どんなに人間性が良くても、人々を迷わす教えを説くわけですから、残念ながら悪師・三障四魔の類いなのです。

 故人も含め、我々は迷いの凡夫ですから、とにかく「末法真実の仏である、日蓮大聖人様の教えにそった追善供養」をすべきことがもっとも大切なのです。


【本物の供養】
 以前にも紹介したとがありますが、吉田正信さんのブログにこのような一文が載っています

『本物のご供養とは  2015―08―25
 テーマ:仏教とは

 僕が浄土真宗のお坊さんをしていた時によく法事で話していたことが
「お墓にお参りするというのは浄土真宗ではしなくてよいのです。亡くなった方をどうこうするのがこの教えではないのです!亡くなった方をご縁にして生きている私が信心をいただくのです。」
そんなことを言いながら、僕らの家族も門徒さんもお墓参りをしないと落ちつかないので教義とは関係なく亡くなった方のもとへお盆になるといっていましたなあ!
 妻はそんな時に言いましたなあ!
「ほんまに往生してはるんやろか?
 ほんまに仏様のもとへいってはるんやろか?
 私にはわからへん!みんな生きている人にも生気がないし、なんか、亡くなった方がうかばれてないような、その辺にうろうろしてはるんと違うかって思うわ。
 行き場をなくしてはるのと違うかやろか?」
 僕は言いました。
「何、おかしいこと言ってるんや!ちゃんとお浄土にいやはるんや。心配せんでええ!」
 それでも、私の心や命はじっとしていられなかったのですなあー
 僕ら家族がお寺を出て日蓮大聖人の大法に帰依して全く命が変わったこと、それは亡くなった方の成仏がまず確実に叶うということですなあ!
 つまりご先祖や亡くなった方の追善供養ができるということです。つまり、生きている者の使命として供養ということを重んじるのですなあ!
 浄土真宗には死者に対する供養を禁じていましたなあ!死んだら西方極楽浄土に生まれるとしますから、後は何も死者に対してしないでよいという教義でしたなあ!
 それなのに京都の大谷本廟では大金をかけて納骨堂があるという摩訶不思議な仏教もどきだったのですなあ!
 今、お盆には御塔婆供養ができますなあ!
 御先祖様や先立たれた御家族へ最高の供養となるのが御塔婆供養ですなあ!(中略)

 僕は今、毎月、妻の命日に御住職様にお願いして妻の塔婆を立てていただき、お参りさせていただく幸せがありますなあ!
 本当に生死を超えた命の繋がりを妻に今感じてこの世を生き抜いていますなあ!』


【大聖人様の教えはひたすらありがたい】
 吉田正信さんは、必死の思いで改宗されてお寺を出ただけに、真っ直ぐ御本尊様と向き合っておられています。
 大聖人様は『日厳(にちごん)尼御前御返事』に、
「叶ひ叶はぬは御信心により候べし。全く日蓮がとが(咎)にあらず。」(御書1519頁)
と明確に仰せです。
 御本尊への祈りが叶うか叶わないかは、自らの信心による信力と行力の度合いで果報(結果)に違いがあります。
 もし、祈りが叶わない場合、他に原因があると思わずに、自分自身の信心に対する姿勢を見つめ直すことが大切です。
 信心の姿勢を確認する上では、まず本門戒壇の大御本尊を絶対的な確信を持って、本当に信じているのかどうかが問われます。
 大御本尊様とは、大聖人様の出世の本懐であり、大聖人様の御魂魄そのものだからです。
 お題目を唱えながら、大御本尊様にお目通り叶わぬ人が世の中には沢山おります。
 これらの人を救ってこそ、「日蓮が弟子」なのです。
 日蓮大聖人は『上野殿御返事』に、
「御臨終のきざみ、生死の中間に、日蓮かならずむか(迎)いにまいり候べし」(御書1361頁)
と仰せであり、日蓮正宗で行う葬儀には日蓮大聖人が迎えにこられ、寂光土へと導いて下さるのです。
 これらが信解出来れば、我々は何の憂いもなく、日々を感謝で送ることが出来るのです。


      住 職 小橋 道芳

 

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