「先のある人、終わっている人」From 青木泰樹@京都大学レジリエンス実践ユニット・特任教授

過ちを改むるに憚(はばか)ることなかれ。
人間が完全無欠でない以上、過ちは人の常です。
過ちに気付いたときの身の処し方を、この故事は教えています。

過ちを過ちと認められる人は、今後、真理に近づく可能性があるという意味で「先のある人」といえましょう。
反省の後に初めて道は開けるのですから、一度「懲りた人」には先があるのです。
反対に、過ちを認めたくないために嘘の上塗りをする人は、「終わっている人」に思えます。
過ちに拘泥している「懲りない人」に、進歩は望めないからです。
残念ながら、経済学者の世界は言うに及ばず、社会のそこ彼処(かしこ)で「終わっている人」を多く見かけるようになりました。

本日は日銀を例に、先のある人と終わっている人についてお話しします。
前回のコラムで、黒田東彦日銀総裁が「(中銀の業務に)経済学の教科書を文字通り適用できない」と述べたことを紹介しました。
https://38news.jp/economy/10451

この発言は、「経済学の知識を用いて現実の金融政策を立案するには無理がある」ことを表明したものです。
これまで経済学の知識を振りかざして現実経済を論じる行為を「経済学の濫用」として糾弾してきた私としては、遅きに失した感はありますが、ともかくも黒田総裁が過ちに気づいた点は評価できます。
ちなみに黒田総裁の念頭にある経済理論は、リフレ派理論および主流派経済学です。
ただ、そこで指摘された「(現実にそぐわない)教科書知識」が具体的に何を指すかに関しては、報道を見る限りわかりませんでした。

しかし、先月末、日銀が主催した国際コンファランスでの黒田総裁の挨拶にその内容が示されておりましたので、その解説から始めましょう。
http://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2017/ko170524a.htm/
黒田総裁は何に気づいたのでしょうか。
主に二つの点に関して経済学を現実経済へ適用することの限界を知ったのです。

第一に、インフレ予想に関して。
黒田日銀は当初、「デフレは貨幣現象である」とのリフレ派論理に従って大規模な量的緩和政策を開始しました。
そして「2%のインフレ目標に到達するまで量的緩和を継続する」とのコミットメントを発すれば、人びとのインフレ予想(期待)を変えられると考えておりました。

この政策は二つの経済論理に基づいていました。
ひとつは、「人びとは貨幣数量説に従ってインフレを予想する」というリフレ派論理の前提。
他は、「人びとは中央銀行(日銀)の今後の金融政策の運営方針から将来のインフレを予想する」、すなわち「人びとはフォワード・ルッキングな予想を形成する合理的経済人である」という主流派論理の前提、です。

それゆえ、この二つの前提条件(教科書知識)が現実に充たされなければ、量的緩和政策によって人びとのインフレ期待を変えることはできません。
その結果がどうであったかは、周知のとおりです。
4年間でベースマネー(現金)を320兆円増やし、コミットメントを発し続けても、日銀が目標とするコアCPIは2016年平均で前年比▲0.3%でした。

昨年9月の「日銀総括」で示されたように、大多数の人びとは過去と現在の状況から将来を予想する、いわゆる「適合的な期待形成」をしているのです。
http://www.boj.or.jp/announcements/release_2016/k160921a.pdf
日銀がいくらベースマネーを増やそうと、人びとは現実に物価が上がらなければ将来も上がらないと考えるのです。
不確実な世界の中で、足下の状況の延長として将来を考えることは極めて自然なことに思えます。

黒田総裁は、そうした現実を見て、「適合的期待形成を、合理的経済人を前提にしては説明できない(主流派論理では説明できない)」こと、および「人びとが適合的に期待を形成しているマクロ状況を説明するミクロ的基礎付けの論理は形成されていない」ことを認識したようです。
簡単に言えば、「過去と現在から将来を予想する人びとの行動」を現代の主流派経済理論では説明できないと悟ったということです。

第二に、自然利子率について。
自然利子率とは、貨幣の存在しない実物経済を前提に、完全雇用の下で貸付資金市場における投資と貯蓄を一致させる利子率です。
言い換えれば、一般均衡状態における利子率です。
まさに経済学の世界の中で想定された利子率で、「均衡実質利子率(r)」とも呼ばれています。

実物経済の利子率なので、私たちは自然利子率の水準を知ることはできません。
私たちが日常見ている利子率は、貨幣経済の中の債券市場で決定される名目利子率です。
名目利子率と期待インフレ率を「フィッシャーの方程式(実質利子率=名目利子率-期待インフレ率)」に代入することによって実質利子率が決定されると考えたのがP.クルーグマンで、リフレ派もそれに倣いインフレ期待を動かそうとしたのです。
ただし、そこで得られた実質利子率は貨幣経済の中で決定されたものですから、「市場実質利子率(R)」とでも呼ぶべきものであり、自然利子率(均衡実質利子率)と一致する保証はありません。
なんだかややこしいですが、もう少しだけ。

金融政策における主流派の考え方は、投資に際しての調達コストを市場均衡利子率(R)、投資のリターンを均衡実質利子率(r)と想定することに基づいています。
この場合、金融緩和は単にRを引き下げることではなく、「R<r」の状態にすることであり、逆に金融引き締めは「R>r」にすることになります。
予想リターンが調達コストを上回れば投資は増えるでしょうし、逆は逆だからです。
問題は自然利子率(r)の水準をどうやって推計するかにあります。
それが分からなければ金融政策の手の打ちようがありません。
ただ、今回、黒田総裁は自然利子率の推計が極めて困難である事実を認めました。

先述のように、市場実質利子率を引き下げるためにはインフレ期待を引き上げなければならないが、それは難しい(リフレ派理論の頓挫)。
自然利子率の推計も難しい(主流派理論の頓挫)。
結局、できるのは名目金利の操作しかない(量から長短金利操作への転換)。

経済理論の知識を現実に適用しようとしても、それが出来ないことを悟ったのでしょう。
黒田総裁は金融政策の限界を知ったのです。
財政政策を併用しなければ(ポリシーミックス)、デフレ脱却は不可能だと認識していると思われます。
それゆえ今後は(もちろん財政政策は日銀の専管事項ではなく政府の領域ですが)、財政出動に対して容認姿勢をとると思われます。

黒田総裁とは対照的に「懲りない人」の代表は、リフレ派の原田泰日銀審議委員です。
昨年9月の日銀総括による「量」から「金利」への操作目標の転換、同11月における浜田宏一内閣官房参与の「デフレは貨幣現象であるとの考え方を変えた」発言等によって、リフレ派論理に対する信用が失墜する中、今年1月に原田氏は自己弁護のために珍妙な理屈を造り出しました。
それを先日の日銀講演でも披露していたので、今回紹介しておきます。

「あなたは物価が下落した方がよいと考えるデフレ派かと言われてそうだと答える人は現在いないと思います。そういう意味では、いまや皆、物価を引き上げ、景気を良くすることを望むリフレ派です。だからこそ日本銀行は金融緩和政策を続けているのです」と(下記資料より引用)。
http://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2017/ko170601a.htm/

ここまでくると、失笑する他ありません。
物価を引き上げ、景気を良くするという「目的」のために、特殊な「手段」を用いるべきだとするのがリフレ派の主張だったはずです。
手段(矢)の失敗を隠すために、「目的(まと)は同じだ」と言われても誰も納得しません。
目的に達する手段が幾つもある中のひとつがリフレ派の矢であって、それが失敗したことを素直に認めなければ、先はありません。

原田氏の論法からすれば、経済の好転は全てリフレ派政策によるものと解されることになります。
実際、上記の講演資料によれば、「実質金利が低下したことで、投資が刺激され、株価が上がり、為替が減価しました。株価の上昇は、さらに投資を引き上げ、豊かになった家計は消費支出を拡大します。つまり、これらのチャンネルを通じて実体経済が好転しているのです」と。

実質金利(=名目金利-期待インフレ率)の低下幅は名目金利がゼロの下では、期待インフレ率の上昇幅に一致します。
日銀は期待インフレ率の代理変数として「ブレーク・イーブン・インフレ率(BEI)」を使っていますが、それは2016年から現在に至るまで、ほぼ「0.5%」で推移しています。
http://www.mof.go.jp/jgbs/topics/bond/10year_inflation-indexed/bei20170525.pdf

確かに黒田バズーカ第二弾を実施した2014年末の水準から比べて約0.5%下がりました。
しかし、たとえ実質金利を投資判断の基準にする経営者がいたとしても(実際はいませんが)、僅か「0.5%」の低下が経済を好転させた原因だと考えるのは現実には無理があります。
実質金利以外の諸要因を全て無視しているからです。

原田氏は、実質金利を重視しているので主流派経済学の立場で経済を見ているかと思うと、そうでもなさそうです。
原田氏は、今後物価が上がっていく論拠として失業率と物価上昇率の相関関係を示すフィリップス曲線を持ち出しています(フィリップス曲線に関わる問題点は今回触れません)。
「失業率が低下しても物価は徐々にしか上がりませんが、失業率が2%に近づくにつれて、物価は急速に上昇します」と述べています。

しかし、この説明は主流派経済学の考え方と因果関係が逆です。
合理的経済人は将来のインフレ予想の変化によって実物的要因(雇用量、産出量等)を変化させます。
この場合、インフレ予想の変化が失業率に影響を及ぼすことになるのです。
先に示したように、将来のインフレ予想(BEI)が一定水準で推移している場合、失業率に影響を及ぼす経路も、物価上昇へ至る経路も理論的に存在しないのです。

ある説明では経済学の論理に頼り、別の説明では経済学の論理を無視する。
そして最終目的は、既に社会実験として失敗が明らかになったリフレ派論理の弁解と自身の体裁の取り繕い。
これでは、永久に先は見えないでしょう。

 

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