フレブル君日記

フレブルはゆるいよ

実存への問いを満たしてくれるのは?

 

ミリンダ王の問い 1 (東洋文庫)

ミリンダ王の問い 1 (東洋文庫)

 
ミリンダ王の問い 2 (東洋文庫)

ミリンダ王の問い 2 (東洋文庫)

 
ミリンダ王の問い 3 (東洋文庫)

ミリンダ王の問い 3 (東洋文庫)

 

東洋文庫はすばらしい。

大型書店でなければスペースすら与えられていないが。

インドとギリシャの出会い。

私が幼少のころからずっと囚われている、実存への問いと答えへの渇仰。

答えは与えられるものとしては存在しないのかもしれないが、自分の中で腑に落ちる感覚だけは得てから死にたい。

知的欲求とは本来、生死の理(ことわり)への欲求が根本だと思う。

他の事象に私が芯から真剣になれたことはない。

一宇宙論は別格だが、それとて実存の根源としての宇宙への関心だ。しかし、数学的才能に乏しく子供のころの物理学者へのあこがれは、夢としてはかなくも散ってしまった。

 

存在と時間」この本は永遠の呪縛だ。

著者自身が完成を断念しながら、未だにこの本を超える存在論は出現しない。

しかし、西洋の形而上学がたどり着いた一つの到達点であることは間違いないだろう。

この書を読むためには、いやむしろハイデガーの問いかけた「存在」そのものへの思索は、東洋的叡智を基礎にしないと成就しないのでは?と思っている。しかし、どの本を読むことが腑に落ちることになるのか、わからずに来た。

何度も何度も「存在と時間」にぶつかり、死への先駆的覚悟性だけは身に付いたように思う。メメントモリ

そもそもの哲学の基本だけど。

池田晶子女史はこの問題を平易な言葉で問い続け、美しままこの世を去った。

生きるとは何か。

死ぬとは何か。

「ある」とは何か。

時間とは何か。

私とは何か。

分からないことだらけの世界に、放り出されるようにして生まれた「私」 。

生まれたときから「死」は確定していて、現存在の消滅は宿命づけられている。

「死」は「自死」でなければ到来時刻も態様も予見すらできない。

何がなんだかわからないまま、日常に頽落して生きている。

全てが虚構で欺瞞でしかない「世界」

聖徳太子の最期の言葉「世間虚仮 唯仏是真」。

この言葉は全日本人が悟るべき真理だと思う。

 

存在と時間(全4冊セット) (岩波文庫)

存在と時間(全4冊セット) (岩波文庫)

 
ハイデガー『存在と時間』の構築 (岩波現代文庫―学術)

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14歳からの哲学 考えるための教科書

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41歳からの哲学

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14歳の君へ―どう考えどう生きるか

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私とは何か さて死んだのは誰なのか

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知ることより考えること

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勝っても負けても 41歳からの哲学

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死とは何か さて死んだのは誰なのか

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考える日々  全編

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