なぜわれわれわは明らかなウソを信じてしまうのか By フィリップ・ファーンバック&スティーヴン・スロマン

 

改訂新版 共同幻想論 (角川ソフィア文庫)

改訂新版 共同幻想論 (角川ソフィア文庫)

 

あまりにも多くの人々が明らかなウソを信じているようだが、

これは一体なぜだろうか?
この疑問は、トランプ政権が票の改ざんや気候変動、
そして犯罪率のデータについて
ウソの情報を広めている現在、
きわめて緊急を要する問題となってきている。

ところが「集団的な幻想」というのは
いまに始まったことではないし、
政治思想的にも右派に限った話ではない。
たとえば多くのリベラルたちも、科学的な総意とは反対に、
遺伝子組み換え作物が人体に有害であると述べているし、
ワクチンが自閉症を引き起こすと信じている。

このような状況は、それが簡単に
解決できるように見えるからこそ、悩ましい。
もちろん真実は少し調べれば
わかるはずなのかもしれないが、
このような想定だと、「騙される大衆」は
「アホで愚かな人々だ」という
レッテル貼りくらいしかできないことになる。

もちろんこのような説明は、
これを聞いている自分たちの気休めにはなるかもしれないが、
実際は間違っており、あまりにも単純だ。
なぜならそれらは、「知識」というものが
「われわれの頭の中だけにある」
という狭い了見が反映されたものだからだ。

真実はこのようなものだ。

個人レベルで見ると、われわれは
事実をフィクションと区別できないし、
今後もそれは無理であろう。
われわれは無知から離れられないのであり、
無知こそが人間の自然な思考回路による産物なのである。

ところが人間と他の動物の差が出てくるのは、
個人の脳の持つ力ではない。
人間が成功できた秘密は、複雑な目標を追求するにあたって、
知的な任務を分担・分業することができたからである。

狩り、貿易、農業、製造など、
世界を変えてきた数々のイノベーションは、
われわれの知的作業の分業
という能力のおかげで可能となったのだ。

たとえばチンパンジーは
数字や空間認識を必要とする作業などにおいて
人間の子供の能力を超えることがあるが、
ひとつの目標を達成するために
他の個人と共同作業で
何かを行うことはほとんどできない。

つまりわれわれ個人が
独自にもっている知識の量は少ないのだが、
一緒に協力することによって
驚くべき成果を挙げることができるのである。

知識というのは、われわれの頭の中だけにあるものではなく、
共有されたものなのだ。

単純な例から考えてみていただきたい。
われわれは地球が太陽の周りを回っていることを知っているが、
自分で天文学的にそれをすべて観察して確かめて、
同じような結論に至る過程を再確認することができるだろうか?

喫煙がガンになることを知っていたとしても、
その煙が細胞にどのような影響を与え、
ガンがどのように形成されて、
どの種類の煙がほかのものよりも危険である
ということを再確認できるだろうか?

おそらくこれらを個人で行うことは無理であろう。
われわれがあらゆる分野において
「知っている」と思っているほとんどのことは、
すでに忘れ去られた教科書や専門家の頭の中のように、
すでにどこか別の場所で蓄積されたものだからだ。

知識がこのように広まっている、
という事実から生じる結果が、
「人はある知識のコミュニティーに
参加することによって知らないことを
知ったような気になれる」ということだ。

われわれは最近ある実験を行った。
それはグループを二つわけて、
それぞれに「岩が育つ」のような
完全にウソの「画期的な科学の発見」を教えて、
その後にいくつか質問するというものだ。

最初のグループには、
「岩が育つという新発見について、
科学者たちもその理由をうまく説明できていない」
と告げてから、その「育ちかた」について
どこまで理解しているかを尋ねたのだが、
彼らの答えは「まったくわからない」というものであった。
これは岩について知らないことだらけの
彼らにとってはごく当然の回答である。

ところがもう一方の集団には
同じ新発見の事実を伝えてから
「科学者が岩の育ちかたを説明できた」と伝えると、
その回答は「理解できた」というものになり、
これはまるで科学者の知識
(といってもわれわれはまったく説明していないのだが)
が彼らに直接伝わったような状態になったのである。

「わかった」という感覚は伝染しやすい。
他の人が理解した、もしくは「理解した」という主張は、
われわれ自身を気持ちよくさせてくれるものだ。
そしてこのような「気持ちよさ」は、
人々が「適切な情報にアクセスできた」
と信じているときに発生する。

われわれの実験の話から暗示されているのは、
科学者たちが秘密の研究を行い、
その説明を秘密のままにしておくと、
人々はなぜ岩が育つのか理解できないと感じるということだ。

ここで重要なのは、
人々が非合理的であるということではなく、
この非合理性がきわめて合理的なところから来たという点だ。

人間は「自分が知っていること」と
「他人が知っていること」の区別がつかないのだが、
この理由はその「知識」というものが、
自分の頭の中にあるのか、それとも
他の場所にあるのかの明確な線引きをすることが
不可能であることが多いからだ。

このような傾向は、とりわけ意見の対立するような
政治問題の場合には顕著になる。
われわれの頭脳は、その知識の多くについて
かなり詳細にわたって「知っている」わけではないからだ。

つまりわれわれは知的な面において、
どこかの「コミュニティー」に依存しなければならないのだが、
このような共有状態にあることがわかっていないと、
それが人々のおごりにつながってしまうおそれが出てくる。

たとえば最近の例として、トランプ大統領と連邦議会が、
鉱山の採掘で出てきた廃棄物を
河川で処分することについての規制を
緩和すると発表したときに、声高な反対意見が上がってきた。

もちろんこれは改悪的な法案なのかもしれないが、
この政策の評価は非常に複雑なため、
一般的な国民のほとんどはその結論に対して
意見できるような詳細な知識を持ち合わせていない

環境政策というのは損益のバランスに関するものである。
このケースの場合は、河川に対して
鉱山の産業廃棄物がどのような影響を与えるのか、
どれだけの量になると悪影響が出るのか、
どれくらいの経済活動の規模だったら自由に廃棄できるのか、
採掘活動の減少は他のエネルギー源で
どこまで埋め合わせることができるのか、
そして実際の環境へのダメージは
どれくらいなのかということについて、
かなり詳細な知識が必要になってくる。

おそらくこの法案に対して
声高な怒りを表明しているほとんどの人々は、
その法案を評価するのに
必要な詳細な知識をもっていないだろうし、
その法案に投票するはずの議員のほとんども
その詳細は知らないはずだ。
それでも自信を持って発言している人は多い。

このような「集団的な幻想」というのは、
人間の思考の強みでもあり、大きな弱みでもある。

人間が一つの共通の信念を信じて、
大規模な集団の中の個々人が
それぞれの知識を貢献しながら
共同作業を行えるのは、実に驚くべきことだ。
これが可能であったからこそ、
われわれはヒッグス粒子を発見できたし、
20世紀には人間の平均寿命を
30年も伸ばすことができたのである。

ところが同じような能力によって、
われわれはでたらめなことも信じることになっており、
それが驚くべきほどひどい結果につながることもあるのだ。

「個別の人間の無知は普通のことだ」という事実を、
われわれは苦い教訓として受け止めなければならない。
そしてこれが理解できれば、
われわれの能力を高めることにもつながる。

また、これが理解できれば、本物の検証に役立つ問いかけと、
受身的で表層的な分析しかもたらさない問いかけを
区別することもできるようになる可能性がある。
そして、われわれのリーダーたちに
専門的で詳細な分析
(これは効果的な政策をつくるための経験から得た、
唯一本物のやり方だ)を要求することもできるようになるのだ。

「われわれの頭の中には知識が
それほど詰まっているわけではない」という事実を
より自覚できるようになることが、
われわれに本当に役立つことなのだ。

 

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