フレブル君日記

フレブルはゆるいよ

正義と修羅堕ち

thoughtsandlife21.hatenablog.com

創価二世の私は、自分の親が長年信心しているのにどうしてあんなに性格が悪いのか、疑問で仕方がなかったし切実な悩みでもあった。

18歳で創価に疑問を持ち19歳で顕正会に入ったけど、顕正会員は創価学会員に輪をかけて性格が悪かった。

38歳で法華講に入ったけど、やっぱり熱心な人ほど性格が悪い。

ずっと疑問だったんだけど、修羅堕ちなんだろうと最近では思っている。

正しいことに憑りつかれるとおかしくなってしまう。

昔から人は知っていたのか、集合的無意識の啓示なのか、堕天使ルシファーも阿修羅も正義の神や天使が出自という共通点があるのだ。

あ、そうそう共産党員もだ。

みんな近づいて来るときは笑顔でニコニコ。

賛同すると大喜び。

勧誘に答えると下にも置かぬ扱いに。

要求がエスカレートしてきて、ついていけなくなると途端に冷淡もしくは悪口、ひどいい人は罵倒してくる。嫌がらせする人も。

全部の組織に共通している。

 

神は妄想である―宗教との決別

神は妄想である―宗教との決別

 

ドーキンスの「神は妄想である」を読んだときに、キリスト教徒から無神論者の著者に手紙が来て、「お前が肛門癌のようなひどい苦しみで死ぬことを願う。死んだあとは地獄行きだ」って書いてあったとの告白を読んで、洋の東西を問わないのねって変に納得した。

自分自身はどうかというと、まさにそんなだったなあって思う。

それぞれのアンチもそうだし、無神論者の側もハマっている人は同じで、自分の主義主張を正義と信じ、異を唱えられると自分が傷つけられたかのように攻撃してくる。

ネット上はまさにこういった人たちの修羅地獄。

正義は優越感を生むのだろうか?

今は亡き父が他宗の僧侶や、公明党を批判する評論家、神輿を担ぐ人々などがテレビに映し出されると「このドアホうが!」と、テレビ画面に向かって悪態をついていたのが懐かしい。

正義とは恐ろしいものですな。

 

これからの「正義」の話をしよう (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

これからの「正義」の話をしよう (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

 
正義論の名著 (ちくま新書)

正義論の名著 (ちくま新書)