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フレブル君日記

フレブルはゆるいよ

【中国人に「さすが」と言われるハルキさん】 From 上島嘉郎@ジャーナリスト(『正論』元編集長)

雑記

 

騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編

騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編

 
騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編

騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編

 

 

村上春樹さんの4年ぶりの長編小説『騎士団長殺し』(新潮社)は、第一部、第二部の2巻で初刷り合計138万部だそうです。いやはや凄い数字。さすが毎年ノーベル文学賞候補に挙がる「世界のハルキ」さんです。

物語は、36歳の肖像画家の周囲に起こる不思議な出来事を描くもので、ある種のファンタジーなのですが、作中に登場する「免色(めんしき)」という人物の台詞に波紋が広がっています。
免色は、支那事変(日中戦争)における「南京事件」に触れ、降伏した中国人の兵隊や市民の大方を日本軍が殺害したとして、〈細部については歴史学者のあいだにも異論がありますが、とにかくおびただしい数の市民が戦闘の巻き添えになって殺されたことは、打ち消しがたい事実です。中国人死者の数を四十万人というものもいれば、十万人というものもいます。しかし四十万人と十万人の違いはいったいどこにあるのでしょう?〉と語ります。

ちなみに『広辞苑』(第六版)では「南京事件」という項目ではなく、「南京大虐殺」という項目でこう説明されています。
日中戦争で南京が占領された1937年(昭和12)12月前後に南京城内外で、日本軍が中国軍の投降兵・捕虜および一般市民を大量に虐殺し、あわせて放火・略奪・強姦などの非行を加えた事件。〉

広辞苑』は死者の数を挙げていませんが、今日、中国共産党政府は南京事件での死者を「30万人」と主張しています。今更ですが、「南京大虐殺」は、日本が大東亜戦争敗戦後、東京裁判で「平和に対する罪」ほかを“裁かれた”際に唐突に持ち出されたもので、およそ歴史の事実として認められるものではありません。

本稿では「南京事件」の詳細に立ち入りませんが、種々の歴史研究から「30万人大虐殺」はなかったと言えます。「人数や状況は関係ない。日本軍の加害行為そのものが問題なのだ」という論者もいますが、そうした極論は歴史検証の容れるところではない。少なくとも中共政府の主張に対し「事実ではない」と国際社会に発信し続けることは、いわゆる従軍慰安婦は性奴隷などではなかった事実と同じように、我が父祖の名誉回復と未来の日本人に要らざる負い目を感じさせないために不可欠だと私は考えます。

これは真っ当な感覚だと思うのですが、ハルキさんはそうはお考えではないらしい。百田尚樹さんがツイッターで〈これでまた彼の本は中国でベストセラーになるね。中国は日本の誇る大作家も「南京大虐殺」を認めているということを世界に広めるためにも、村上氏にノーベル賞を取らせようと応援するかも〉と皮肉ったのは宜なるかな、です。

もちろん、ハルキさんは歴史の検証本を書いたのではない。あくまで小説なのだから、想像力の翼を広げて何を書いたっていい。そこに政治的な意図はない、ということにしておきましょう。

ハルキさんの近年の作品の特徴は「無国籍性」にあります。日本の立場や日本人としての感性に縛られない、帰属性を排し、ある種の「普遍性」を志向したことで世界に多くのファンを得たのでしょう。背負うものは個人以外にない。翻訳が容易で交換可能な人格や物語として──。私はそれに感情移入できないし、共感もできません。

ハルキさんの新刊は、以下に報じられるように早くも中国で気に入られているようです。
人民日報社のサイト「人民網日本語版」は4日、南京大虐殺記念館がブログの中で、歴史に直面する姿勢を評価したなどとする記事を掲載。「歴史にまっすぐに向き合う村上氏の姿勢は、批判よりも賛同の声をより多く集めている」と報じた。〉(3月8日付産経新聞東京朝刊)

〈世界で唯一、読む前からこの新作を絶賛している国がある。中国だ。
中国でも村上人気は非常に高いが、今回は発売前から違う意味で話題を呼んでいる。きっかけは中国のネット掲示板に上がった在日中国人のコメントである。
村上春樹の新刊に、南京大虐殺についての描写があった》
こうして、該当箇所のページの写真が挙げられ、解説が行なわれた。すると、《うん、素晴らしいね~》《村上春樹は問題ない》《問題ない。さすがは村上春樹だ》《一生ついて行きます》といったコメントが殺到したのだ。(中略)
日本を代表する作家の村上氏が中国のなかでも最大に見積もられた「40万人説」に言及したことから、中国のネット民が小躍りしたというわけなのだ。(後略)〉(『週刊ポスト』3月17日号)

さて、ハルキさんは石原慎太郎元都知事が尖閣諸島の東京都による購入を打ち出した折、朝日新聞に〈領土巡る熱狂「安酒の酔いに似てる」〉と題するエッセイを寄せました(平成24年9月28日付朝刊)。

尖閣諸島を巡る紛争が過熱化する中、中国の多くの書店から日本人の著者の書籍が姿を消したという報道に接して、一人の日本人著者としてもちろん少なからぬショックを感じている〉という書き出しの一文は、領土問題は実務的課題であるとし、それが〈「国民感情」の領域に踏み込んでくると、それは往々にして出口のない、危険な状況を出現させることになる。それは安酒の酔いに似ている。
安酒はほんの数杯で人を酔っ払わせ、頭に血を上らせる。人々の声は大きくなり、その行動は粗暴になる。論理は単純化され、自己反復的になる。しかし賑(にぎ)やかに騒いだあと、夜が明けてみれば、あとに残るのはいやな頭痛だけだ〉と述べます。

さらに〈そのような安酒を気前よく振る舞い、騒ぎを煽(あお)るタイプの政治家や論客に対して、我々は注意深くならなくてはならない〉と。名指しはなくとも〈安酒を気前よく振る舞い、騒ぎを煽(あお)るタイプの政治家〉とは石原氏のことでしょう。

ハルキさんは、『ねじまき鳥クロニクル』の中で「ノモンハン戦争」を取り上げたことに触れ、〈僕は小説を書いたあとでその地を訪れ、薬莢(やっきょう)や遺品がいまだに散らばる茫漠(ぼうばく)たる荒野の真ん中に立ち、「どうしてこんな何もない不毛な一片の土地を巡って、人々が意味もなく殺し合わなくてはならなかったのか?」と、激しい無力感に襲われた〉といい、
〈僕に今ここではっきり言えるのは、そのような中国側の行動に対して、どうか報復的行動をとらないでいただきたいということだけだ。もしそんなことをすれば、それは我々の問題となって、我々自身に跳ね返ってくるだろう。逆に「我々は他国の文化に対し、たとえどのような事情があろうとしかるべき敬意を失うことはない」という静かな姿勢を示すことができれば、それは我々にとって大事な達成となるはずだ。それはまさに安酒の酔いの対極に位置するものとなる〉と訴えます。

はてさて、さすがはハルキさんと言うべきなのでしょう。彼はどこにも立っていない。彼は宙空に浮かんでいます。ノモンハンで人々が意味もなく殺し合ったとハルキさんが感じるのは勝手ですが、父祖の歴史を背負うことを選ぶならば、「意味」はあったのです。日本の近代以後の現実的な苦悩をこの人は汲むところがない。

〈「我々は他国の文化に対し、たとえどのような事情があろうとしかるべき敬意を失うことはない」という静かな姿勢を示す〉というのも、ハルキさんが現実を見ず、日本の立場を離れているから言えることでしょう。現実の日本を守ろうと考えるなら〈四十万人と十万人の違い〉は重要なことです(十万人という数字もあり得ませんが)。小説の世界に現実の日本は存在していません。現実の日本に小説の自由が保障されているのです。

政治的な意図はお持ちでないとしても、ハルキさんには是非、チベットやウィグルなどに弾圧を加えている中国に対しても「他国の文化に対し、たとえどのような事情があろうとしかるべき敬意を失うことはない」姿勢を求めていただきたいと思うのですが、こんなふうに力み返るのは、ハルキさんとハルキストの冷笑を買うだけなのでしょうね。

本稿がアップされる3月10日は、日露戦争の「奉天会戦」(1905年)勝利の日です(のち陸軍記念日)。総司令官大山巌は、世界の陸戦史上最大の規模をもつ大会戦を起こすにあたって各軍にこう訓示しました。
「来るべき会戦は、日露戦争関ヶ原なり。ここに全戦役の決戦を期す」
日露戦争の帰趨をこの一戦で決したいという強い意志の表われですね。夥しい血が流れましたが、同年5月27日の「日本海海戦」の勝利と並んで、明治の日本人が祖国防衛のために粉骨砕身した戦いの民族的な記憶を私は己の胸に刻みたいと思っています。そして、同じ思いの人がいれば、共に英霊に献杯したい。この杯も「安酒の酔い」を誘うものか、、ハルキさんに問うのは詮無いこととやめておきましょう。


〈上島嘉郎からのお知らせ〉
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