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フレブル君日記

フレブルはゆるいよ

功徳がないのと功徳を感じないのとは全く違う話だ

折伏

功徳乞食とか乞食信心という言葉を聞いたことがあるでしょうか?

現世利益とか境界の低い欲望の満足のためだけに信仰をすることです。

私の信心も乞食信心に傾くことが多いです。

しかし、勤行・唱題はお願い事をするためにあるのではないのです。

分かっていても何とやらで、生活上に巻き起こる種々の悩み事や不満が、どうしても頭を占領してしまい、禅定(心を静かにさせて仏の心と冥合させる)とは程遠い心情になりやすいですよね。

不満があるということは、安心していないか安穏ではないということでしょう。

きっと功徳がないと焦っているのかもしれません。

本当に生活が良くなっていくのか、信じられなくなっているのかもしれません。

盲信と確信の違いはどこからくるのでしょうか?

やはり自分の心の置き所にあるのかもしれません。

でも、よくよく考えていけばきっと功徳や罰であることを、自分自身が見落としてしまっていることに気づくはずです。

私には今年に入ってからだけでも、何度もそういったことが身の回りで起きました。

日蓮正宗の信仰をたもち続けることは難しいですが、罰を罰とわきまえて反省し、功徳を功徳と感謝していくことで、報恩感謝の念が深まり確信が堅固になってきます。

色々なことで悩んだり腹を立てたりしている方は、ぜひもう一度戒壇の御本尊様への信を取り戻してやり直してほしいと思います。

やり直すことに遅い時はありません。

間違ってたと思った時がスタートです。

 

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