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フレブル君日記

フレブルはゆるいよ

唯一正しいを標榜するのなら「宗内通俗問答大意」を読んでおきましょう。

 

宗内通俗問答大意

宗内通俗問答大意

 

文献学的考察は信徒には不要かと思います。

信仰には第一次資料の検討までは要求されないでしょうから。

しかし、日蓮正宗信徒を標榜して、日蓮正宗が唯一正しい日蓮大聖人の仏法を継承・実践する宗教であると主張する人には、それなりの責任はあるのではないかと思います。

私個人が一番わかりやすい問題は、顕正会との戒壇論争です。

事の戒壇とはなんぞや?

義の戒壇とはなんぞや?という、例のやつです。

残念ながらこの論争は「宗内通俗問答大意」には出てきません(笑)。

あの問題は信徒数が増えて、広宣流布ができてしまうかも?と錯覚した昭和40年代に惹起した論争ですから。

御書の真蹟問題は信徒には無理でも、日蓮正宗で出版されている御書に掲載されている御文については、肝要部分は知っておくのが折伏するものとしての、相手様への当然の礼儀かもしれません。

 

日蓮大聖人御金言義類別入文集

日蓮大聖人御金言義類別入文集

 

日蓮大聖人御金言義類別入文集」は、その意味ではうってつけの書籍だと思います。テーマ別に御金言が編纂されていますから、自分の信心の糧にするもよし、折伏相手が博識の人だった場合にも、自分たちはこの文証に典拠しておりますと、回答することは可能でしょうね。

地元の法華講員さんと話していると、時々愕然とさせられます。

顕正会は何を主張しているの?なんて聞かれることが多く、国立戒壇て何?という質問を受けたときには、元顕正会員として20年を過ごした者としては、涙が出てきそうになります。

国立戒壇を放棄したのが1970年。

正本堂を事の戒壇ですとしたのが1972年。

正本堂建立は龍ノ口法難から700年の佳節だったのですね。

あの時裏事情は色々あったとはいえ、沖縄は返還され中国との国交も回復しました。

それから50年が経とうとした今、逆に中国によって沖縄が奪われそうになっております。

あの当時戦後依頼盛んだった革命運動が収束しました。しかし、今また自界叛逆の兆候が出てきていますね。

戒壇の御本尊様は根源の御本尊様であるということは、日蓮正宗の信徒であれば周知のことです。枝葉に例えて他の御本尊様を呼ぶのもそのためです。

根源の御本尊様の御元ならば、いついかなる時も事の戒壇に相当するというのも、日蓮正宗信徒ならば納得できます。そのために御開扉を願い出て登山参詣しますからね。

しかし、事の戒壇には未来広宣流布の時、戒壇堂を建立し大石寺の名前も本門寺になる時という意味も含まれています。

正本堂の意義付け云々の問題は、果たしてどちらの意味であったのでしょうか?

蔵の形で鍵を掛け、厳護されお樒もお供えしないのはなぜでしょうか?

御授戒も奉安堂では行いません。

義の戒壇である末寺で御授戒を受け、末寺の認証を受けた人しか御開扉を受けることができません。

あくまでも義の戒壇だからです。

なぜ正本堂と呼ばず奉安堂と呼び変えたのでしょうか?

義の戒壇だからです。

未だに総括ができない。反省もしない。他門日蓮宗との決着もつけない。

その姿勢を諸天はじっと見ているはずです。

日蓮大聖人様が御存じないはずもありません。

亡国の真相は仏法の歪曲にあり。

これが日蓮正宗の教えです。

信徒の立場としては宗内のことに口出しできません。

じっと見守り自浄されていくのを見守るほかはありません。