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フレブル君日記

フレブルはゆるいよ

【悪は多けれども一善にかつ事なし】  ブラジル出張報告 ⑴ ・・・慈本寺御住職の法話より

 九月の一日から七日まで、ブラジルのアングラ布教所とサンパウロ正法寺の御住職の座替わり式と入院式に出席させていただきました。
 今日は、その前段階として、私が二十五年前にブラジル在勤中に経験したことを中心に、お話しさせていただきたいと思います。


 【一乗寺への在勤】
 私は、平成二年四月からブラジル一乗寺へ在勤いたしました。この時は創価学会問題が起きる前であり、麗しい僧俗和合の姿がありました。
 現地で私の保証人はブラジルSGI理事長の斎藤氏がなり、ビザを取得して入国しました。
 南米に一ヶ寺しかない一乗寺の法務は多忙を極めました。ブラジルは日本の国土の二十三倍、南米大陸に到っては日本の国土の四十七倍もあります。そんな広大な面積の、国内外の出張御授戒に御住職と在勤者二人で手分けをして行くのです。お寺でも法務は山積で、土曜日などは結婚式が十一時から一時間ごとに夜の七時頃まで入っていました。
 当時は、どんなに忙しくても、「大聖人様の仰せである広宣流布は、この地球の裏側で増え続けている御信徒によって証明されている。微力ながらその一端を担わせていただいて本当にありがたい。」という思いでいました。
 また、現地メンバーの功徳と歓喜にあふれる姿によって、疲れも吹き飛ぶようでした。
 ブラジル以外ではウルグアイパラグアイボリビアなどへ出張御授戒に行かせて頂きました。
 今の学会では、執拗に宗門は金に汚いと宣伝していますが、当時は学会から「御供養は現地の学会の為に使わせて欲しい」との申し出によって、御授戒、御本尊下付、法事、塔婆供養、結婚式などのメンバーによる真心から御本尊様への御供養は、「広宣流布のお役に立てて下さい」とそのまま現地の学会へ渡していました。
 それだけ宗門は学会を信用し、お金の問題で無く、世界広布の役に立てていることを誇りとしていたのです。
 また、当時の学会では、僧侶に何かあってはいけないということで、空港には元警察官の学会員も付き、道中も学会員幹部が付き添う場合もありました。


 【名誉総講頭の辞任】
 そんな中、よく知られているように、平成二年末に池田大作創価学会名誉会長が日蓮正宗の信徒代表である総講頭の資格を喪失したことが発端となって、日本では創価学会による執拗な宗門攻撃が開始されました。
 当時のブラジルでは、学会から「これは日本で起きた不幸な出来事であり、我々ブラジルの僧俗が異体同心している姿を世界に示しましょう」と提案がありました。
 よって、当初はこの問題にお互いに触れないようにしましょうと約束がなされました。
 私達僧侶も、現地メンバーを不用意に混乱させないために、あえていつも通りにしていました。
 日本では平成三年の正月より、盲信した学会員が御住職を殴りつける暴力事件を起こすなど、様々な不幸な軋轢(あつれき)が生じている中、一乗寺では婦人部が二月十六日の「御誕生会」で合唱をするなど、穏やかでありました。
 しかし、それはあくまでも表向きのポーズであって、裏ではメンバーを集めて学会の都合の良いように洗脳し始めていました。
 更には、何とかブラジルから僧侶を追い出すべく、メンバーに政府へ嘆願書を書かせるなど行動を開始していたのでした。
 

 【一時帰国時の嫌がらせ】
 平成三年四月、私は日本の法要へ出席するため、サンパウロの国際空港で出国審査を済ませ、飛行機に乗り込みました。
 席に座っていると、客室乗務員に「あなたを呼んでいる人がいます。」と言われ飛行機の出入り口に向かうと、いきなり大柄な警察官二名に、トイレに連行されました。さらにその横には、いつも出張御授戒の時に、飛行場で警備に当たってくれた学会員までいます。
 しかも全員が無言で、壁に手をついて立つように合図され、形だけ身体検査をして戻されました。「今度、ブラジルに戻ってきたらただじゃおかないぞ。」という警告だと私は感じました。
 

 【ブラジルへ帰る】
 わざわざ、学会に情報がもれているかも知れないからと飛行機の便を直前で変えたにも拘わらず、朝五時のサンパウロ空港で学会員が待っていました。
例の、空港警備に当たってくれていた元警官の学会員です。別室に呼ばれ、彼の指示のまま担当警官は「お前は僧侶のくせになぜ観光ビザなんだ。」と質問してきました。
 長い間拘束の末「よし俺がお前の観光ビザを宗教者ビザに換えてやる」とボールペンでⅡ(2)の横にⅤ(5)を書いてⅦ(7)としました。
 その後、何とか入国は出来ましたが、これは明らかに罠でした。
 一乗寺でも参詣者は減り、本堂には瓶(びん)に詰めた汚物が投げ込まれ、夜中には「日本に帰れ。殺すぞ。」という嫌がらせの電話が来るようになりました。
 そんな中、刑事が「この寺の僧侶はおかしなビザを持っていると通報があった。」と、取り調べに来ました。パスポートを見せて事情を説明すると、「こんなパスポートを持っているとお前の身が危ないぞ。川にでも投げ捨てて再発行してもらえ。」と哀れむ様な顔をして帰っていきました。
 ビックリしてまず、サンパウロ警察の署長に会いました。一連の説明をして、空港でビザに書き込んだ警官の特徴も話すと、心当たりがあるようでした。
 学会の元警官の住所や詳しい様子を話すと、「なぜそんなに詳しく知っているんだ。」と言うので、「彼は出張の時の空港警備に当たってくれていた。また、彼の結婚式の導師も、生まれた子供の御授戒も私が担当をした。」と言うと呆れかえり「よし、悪い奴は全員逮捕しますよ。パスポートは証拠品として署で預かります。」と約束してくれました。
 しかし、その後進展しないのがブラジルです。学会員の元警察官を、パフォーマンスなのか所長室に呼びつけて、私の前で厳しく叱責していましたが、ビザに手を加えた空港の警官を、最後まで私の前に連れて来ることはありませんでした。


 【日本領事館へ行く】
 領事館では丁寧に話を聞いてくれ、一連の学会問題、学会が僧侶を追い出そうとしていること、私以外の2名の僧侶のビザの状況も説明できました。
 領事の話では、「パスポートの二重発行は認められない。いかなる事情があろうと、パスポートは国の財産であり、他国の警察で保管することは越権行為に当たる。日本大使館からブラジル外務省へ連絡してもらうようになるだろうし、問題が大きくなりそうだ。」との事でした。
 後日、日本から指示を受けた副領事からは厳しいお言葉がありました。「我々は宗教問題には関知しません。警察に保管されているあなたのパスポートは、穴が開けられてファイルに綴(と )じられていました。パスポートを再発行してあげるから日本に帰ったらどうですか?残るというなら命の保証はしません。」
 当時、ここまで領事館で言われ、すぐにでも日本に帰りたかったのですが、この頃、学会のやり方に疑問を持つ方が国内外から来るようになり、見捨てるわけにはいかないと言う思いもありました。


 【僧侶三名の本帰国】
 十月末には、二人の僧侶のビザ及び永住権の申請が却下され、いよいよ身の危険が迫って来ました。「そもそも保証人である学会が、あなたたち僧侶はブラジルにいてもらっては困る人間達であると訴えている以上、申請は受理できない。」とブラジリアの法務省の方から言われました。
 十一月七日、日本から来たブラジルでの永住権を持つ御僧侶を残し、私を含めた三人の僧侶は帰国することになりました。
 以前にもお話ししましたが、この時、法華講のメンバーから「私達の国がひどくて、嫌な思いをさせてすみません。でも、私達のことを嫌いにならないで下さい。私達で良い国にしていきますから。」と言われ、涙のお別れをしました。


 【御加護は厳然と】
 帰国の際、出国手続きを済ませ飛行機に乗り込む通路で、あのビザの番号を書き換えた警官がいました。半年経っても忘れる顔ではありません。後ろから暗い顔をして飛行機の入り口までのそのそと付いてきます。何かされるのかと身構えていましたが、結局何もされませんでした。
 まず、宗門と学会問題が起きたときに、当時の法華講の方々が我々僧侶の事を、昼夜の別なく動き回り、身を挺(てい)して護って下さいました。
 私の場合、おかしなビザ番号のパスポートを持っている時点で、逮捕されてもおかしくなかったようです。本来、事件の真相が明らかになるまで牢屋に入っていなければならないところ、警察署長の一存で免れていたのです。
 また、当時の私は外出する際、身分を証明するものを何も所持していませんでしたが、一度も提示を求められたこともありませんでした。
 ただし、帰国になる一ヶ月ほど前には、サンパウロ警察より「あなたの外出は厳禁。何かあっても命の保証はない。」と言われてしまいました。


 【一乗寺が乗っ取られる】
 そもそも、広大な南米大陸への仏法流布の始まりについて、創価学会では「南米の広宣流布は、池田センセーによって始められた。」と宣揚(せんよう)していました。どこの会館にも、池田大作の写真と揮毫(きごう)が飾られ、事あるごとにメンバーは「センセーのお陰で我々はこの信心に巡り会えたのだ。」と繰り返し刷り込まれていました。
 しかし、真実は、戦前戦後の日本人移民として移住した日蓮正宗信徒が、大変な状態の中で、信心の一念で布教したことから始まったのです。これら草創の御信徒やその子孫は、現在は法華講員として活動されています。
 その後、昭和四十年一月に、宗門の千種法輝(ちぐさほうき)(日健)御尊師と細井珪道(けいどう)御尊師による南米初の出張御授戒が行なわれ、昭和四十三年二月に、ブラジル・サンパウロ市の創価学会会館の二階部分に仏間を設け、そこを一乗寺として、常住御本尊が御安置されました。
 その後、一乗寺は移転新築がなされ、昭和五十八年十二月には「宗教法人NSTB(ブラジル日蓮正宗寺院)」の法人許可が下りました。
 また、一乗寺の大部分は本山から寺院建設の資金が送金されて建立されましたが、その後、学会でこの問題が起きる7年以上も前に秘密裏に行った寺院定款(ていかん)の勝手な変更(学会理事長が総会の議長を務める)を盾(たて)に、次々と定款が変更され、最終的に寺院は学会に乗っ取られてしまいました。
 学会では国内外のメンバーに、「学会で建立した寺院だから学会へ返してもらっただけ」と嘘をついていますが、今思うと、私のいた遙か前から、学会はいつでも宗門と手を切ってもやっていけるように、様々な手を打っていたことが分かります。


 【ブラジル政府の日蓮正宗への弾圧】
 大白法・平成22年5月16日(第789号)に、ブラジル・アルゼンチン 南米裁判 報告対談 が載っています。
 そこに、宗門側のカルマン弁護士が、なぜブラジル政府は宗門を弾圧したのかが載っています。

創価学会の関係者は多くのブラジル政府機関等に対して、日蓮正宗を非難する告発を行いました。それは各地の連邦警察、連邦検察局、司法省、外務省、インターポール・ブラジル事務所、さらにはブラジル上院まで及びました。

●私がブラジルでの状況改善に取りかかった頃には既に、公正で客観的であろうとする多くの官僚も「悪者」たちの影響で、日蓮正宗という団体には何かおかしなところがあるに違いないと思うようになっていました。

●私たちが直面した根本の問題は要するに、人間は同じ嘘や誇張(こちょう)を何度も聞かされると信じてしまうということでしょう。ブラジルでの日蓮正宗に対する悪い宣伝は初めのうち陰でこっそり行われていたので、私たちが悪宣伝に気づくまでは嘘や誇張に反論する機会もありませんでした。その時にはもうすべての人の頭に嘘や誇張が定着してしまっており、そうなると反対の証拠に耳を貸してもくれないのです。

日蓮正宗への根拠のない主張に一つひとつ反論し、日蓮正宗の歴史を説明する文書をブラジルの弁護士たちと共に作成し、政府に提出しました。相手側の主張が相当にひどいものであったこともここで言っておくべきでしょう。たとえば日蓮正宗は幼児性愛を行っているとか、マネー口ンダリングのための集団だとか、僧侶たちが学歴を偽る卒業証書を使って入国しているとかです。
 私たちは長文の反論を提出すると共に、司法省、外務省の高官などとの会談も行いました。この努力が実を結んで、話を聞いた官僚たちもようやく、日蓮正宗の僧侶に対する入国禁止など、大きな間違いをしていたことに気づいてくれました。そして事情が判っていくにつれて、日蓮正宗に対するあらゆる制限を撤回してくれました。

●ブラジル政府の各部局が一つの公式文書を作り、日蓮正宗には何の問題もないこと、そして創価学会関係者が不当な活動によって、ブラジル政府に日蓮正宗の僧侶・信徒の信教の自由を侵害させようとしたことを認めたのです。


 【学会は邪宗の典型】
 宗門との全面的な争いが勃発するはるか以前より、創価学会の反社会性によって、大聖人様、日蓮正宗は看板に泥を塗られてきました。
 藤原弘達氏や内藤国夫氏ヘの出版妨害事件、宮本顕治共産党委員長宅盗聴事件、月刊ペン事件、一億七千万円もの現金が入った古金庫投棄事件、僧侶誘拐事件・・・。このように、創価学会が引さ起こした社会問題は枚挙(まいきょ)にいとまがありません。
 これまで日顕上人へ信伏随従していた何百万人の信徒が、池田大作の意一つで、一斉に宗門に牙を剥き始め、違法行為すら厭(いと)わなくなるのです。「池田先生は絶対」という妄信のもとに一致団結して行動する団体が創価学会なのです。
 大聖人様御在世中も、邪宗の僧侶や信徒は、大聖人様や弟子檀那を迫害しようと幕府にはたらきかけ、讒言(ざんげん)、狂言(きょうげん)を弄(ろう)して陥(おとしい)れ、武力を持って命を奪おうとしました。
 大聖人様が何度呼びかけても、正々堂々と公場対決に応じる邪宗の僧侶はいませんでした。

 一二七七年(建治3年)、大聖人の弟子三位坊日行が、極楽寺の忍性の下にいた天台宗の僧、竜像坊を論破しました(桑ヶ谷問答)。
 逆恨みした竜像坊は、「四条金吾が徒党を組んで乱入し法座を乱した」との讒言(ざんげん)を主君の光時にした為、法華経を捨てなければ四条金吾の領地を没収するとの命が下ったこともありました。

 今の創価学会が驚くほど同じ事をしています。
 信仰者であれば、因果応報を信じるべきです。善因善果悪因悪果は子供でも知っています。
 しかし、来世も、成仏も、仏力法力も信じていない今の学会幹部は、保身の為にはなり振り構わず日蓮正宗を攻撃するしか、生き残る術はないと思い込んでいるのです。
 
 ブラジル一乗寺は、現在では「常勝会館」と名付けられた学会の会館となっています。
 強制退去を余儀なくされた当時の、一乗寺にいらした僧侶、御信徒の悲しみや悔しさは、筆舌に尽くしがたいものがあったでしょう。
 その後、猊下様の御指南の元、多方面の方の尽力によって、絶望的な状況から山積みの問題を一つずつ解決され、アングラ布教所とサンパウロ正法寺が建立されました。
 真の僧俗和合の元に、本当の広宣流布は着実に進んでいます。

 私は、今回心からブラジルに行かせてもらえて良かったと思いました。固い絆で結ばれた、素晴らしかったブラジルメンバーと住職さんの様子は、来月お話しいたします。

 

サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福

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サピエンス全史 上下合本版 文明の構造と人類の幸福

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