禅定をしっかりとできていれば、人間関係の悩みも克服できる。四苦八苦を乗り越える秘訣とは。

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勤行・唱題の目的は、祈祷(神秘的な力をもつ特定の対象に対し,期待する結果を得るために祈ること。)ではないのですが、ついつい私のような愚か者は祈祷のような心持で勤行・唱題してしまいます(汗)。

日蓮正宗の信心で願いが叶うのは、功徳を自分で積んだその余慶(余りもの・オマケ)かもしくは、命にかかわるような重大事に、法華守護の諸天善神が加護してくださったか…、決して修行者の人生においてメインディッシュではありません。

本当の目的は禅定修行なのです。

心が落ち着き、世間一般でいうような不動心・平常心を得ることができれば、環境世界に迷わされることが亡くなるのです。

仮に言わせていただければ、いくら日蓮正宗の正しい御本尊様に祈ったとしても、三毒の命で祈ってしまえば本末転倒になってしまうのです。

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お題目を唱えながら「あの野郎~死んでしまえ」とか「地獄に堕ちろ!」などと、怨念の気持でいたならば、それは自分の煩悩や宿業をいよいよ強くしてしまい、かえって罰の現証をいただくことになってしまいます。

創価学会顕正会は、功徳ということを世間一般の御利益の意味でしか言いません。

やれ、いい学校に合格した。いいところへ就職できた。

やれ、収入が増えた。

やれ、病気が治った。

etc.・・・邪宗と同じような現世利益を強調し、魔の通力に酔いしれてしまっています。

私自身、顕正会時代に就職で御利益をもらったように錯覚していましたが、職を転々としながら就職が次々と決まることをいいことのように思い込んでおりました。

結局は、就職した先で不幸を感じる羽目になり、最終的には敗残者として職場を去るということを、長年にわたり繰り返してしまったのです。

また、創価学会の友人に多い現証は、仕事を一所懸命にしていながら不当な評価しか得られず、万年窓際族的な人生を送っているというものです。

目糞鼻くそでして、どちらも本来の自分の力を発揮できず、虚しく一生を送っているのです。

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日蓮正宗の本当の功徳は、自分の心がきれいになって禅定ができることなのです。

そして、その延長線上に即身成仏・一生成仏があるのです。

心の汚いままで、怨嫉にまみれたどろどろの根性で、即身成仏などありえないことは当然といえばそれまでですが。

教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ、穴賢・穴賢、賢きを人と云い、はかなきを畜といふ。【崇峻天皇御書】

と御書にも説かれていますが、人としておかしい状態ではお話になりません。

論語易経は中国古代の外道の書ですが、人としての中庸を得た生き方を説いた書物です。開目抄にも御教示のとおり、低級な教えではあるものの禽獣に等しかった人間に、人としての生き方を教えた古代の聖王の教えであることが説かれています。そして、仏法の初門と仰せなのです。外道義と馬鹿にする前に一度お読みになってはいかがでしょうか?

 

論語 (岩波文庫 青202-1)

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煩悩即菩提をわがまま勝手な、のび太ドラえもんのように勘違いしてしまったのが、戦後の創価学会でした。敗戦で困窮した人々には、それなりに効果があったのでしょうが、結局は貪瞋痴の増大につながってしまい仏法の怨敵に成り下がってしまったのです。御本尊様を幸福製造機と呼び、凡夫の我儘な打ち出の小槌のように思わせたのです。

私は、御本尊様に祈る修行は厳しいものだと思っていましたが、それは所願満足しかない低い低い心根からお題目を唱えていたからだと気づかされました。

八風に侵されない心を造ることが第一目標だったのです。

そのためには、五座三座の勤行はもちろん禅定できるまでの唱題が必要になってきます。なぜ唱題行が大事なのかと言えば、心が落ち着くまでお題目を唱えようとするならば、5分や10分では落ち着かないことが分かったのです。

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最初は怒りや餓鬼界に満ちた気持であったとしても、1時間ほども唱題していけば落ち着き、澄み切った心になります。

忙しい日々に無理だと思わず。時間があるときは心の中ででも唱題したいと、今日は決意を新たにいたしました。

家ではなかなかと思う方も、菩提寺様に参詣して唱題すれば寺院の清浄な空気に支えられ、不思議とできてしまうものなのです。

唱題が続かないと苦しまれている方は、ぜひ寺院参詣して唱題行を実践してみてください。スーっと心が晴れてきて、唱題が苦にならない瞬間に出会えますよ。

日々の人間関係の悩みが、自分の心だけで解決できるのかと疑問に思う人もいるでしょうが、心が六根清浄になっていれば打たれ強くなり、忍辱の鎧がしぜんに具わっていることに気づくと思います。

末法の凡夫の悪縁に左右されない心は、禅定にしか解決の道はないと確信した今日の私です。

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種明かしをすれば、本日、墓参のために参詣した私は、本堂で夕勤行をしてそのまま唱題行をすることにしたのです。

最初は瞋りの気持で充満していたのですが、40分を過ぎたころから澄み切った気持ちに心境が変化しました。

最近は少し信心が緩んでいたことも、その影響で仕事場でも歯車が狂いつつあったことも自覚していました。

しかし、凡夫というのは浅ましいもので、他人や環境のせいにすることは達人なのです(苦笑)。でも、それは仏法とは違う考え方です。仏法の基本は依正不二ですからね。

改めて気づかされました。

大聖人様がお導きくださったと思っています。

ありがとうございました。

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