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フレブル君日記

フレブルはゆるいよ

日蓮正宗では、戒壇建立の御遺命という言葉は聞くことができなくなっている現状を憂う

日淳上人全集 『三大秘法抄拝読』より御引用


 三大秘法抄は弘安四年冬月八日(注、近年、総本山第六世日時上人が御書写された
三大秘法抄の写本が発見されており、“弘安五年四月八日”の日付となっている。)檀越
大田金吾殿への御返事として、御示し遊ばされた御書であります。

 此の御書には日蓮大聖人の御一期の化導を総括遊ばされて、三大秘法即ち本門の本尊、本門の題目、本門の戒壇に就いてその出現の縁由とその体とを御説示なされ、殊に戒壇についてその相貌を御示し遊ばされてをりまして、大聖人の御書数百篇中極めて重要なる地位を、占めてをるのであります。

 大聖人の御書中五大部とか十大部とか申し上げ、立正安国論、開目抄、観心本尊抄
撰時抄、報恩抄等その他を数へ挙げまして、この三大秘法抄はその中に入りませんが、
此れはこの御書の伝持の上から特異の立場にあったがために、かく扱はれたもので、その御指南の法門から拝すれば最も重要なる御書であります。

 それはこの御書が大聖人の、御一代の大綱を御示しなされてあるからであります。
 他の御書は大聖人出世の縁由とか御題目とか、或は御本尊とかについて御教示遊ばさ
れたり、或は三大秘法の名目を御示しになってはをりますが、三秘整足して御教示遊ばされたのはこの御書であります。

 それ故大聖人の御化導の終窮究竟の全貌と、大綱とを拝察申し上げるには此の御書に
依らなければなりません。
 よって大聖人の御書を拝するには第一に此の御抄を拝して、大綱を了解し奉って、後に他御書を拝するといふことにしなければなりません。
 此の順序をとりませんでやたらと御書を拝すると、御書の文を拝しても大聖人の御正意を了解し奉ることはできないのであります。

 日蓮大聖人の門下と申す程の者は御書を拝し御書によってをるのでありますが、それにも拘らず御本尊より御題目に重点を置いたり、行者の住処を戒壇としたり、御釈迦様が本尊だといったりして、飛んでもないことを申してをりますが、これ皆大聖人の御一代の施化の大綱を拝察せずして御書の一文一義に執するからであります。


 (日淳上人全集上巻383~384ページ)

 三大秘法抄御金言

戒壇とは、王法仏法に冥じ、仏法王法に合して、王臣一同に本門の三秘密の法
を持ちて、有徳王・覚徳比丘の其の乃往を末法濁悪の未来に移さん時、勅宣並び
に御教書を申し下して、霊山浄土に似たらん最勝の地を尋ねて戒壇を建立すべき
者か。時を待つべきのみ。事の戒法と申すは是なり。三国並びに一閻浮提の人懺
悔滅罪の戒法のみならず、大梵天王・帝釈等の来下して踏み給ふべき戒壇なり。
 此の戒法立ちて後、延暦寺戒壇は迹門の理戒なれば益あるまじき処に、叡山
の座主始まって第三・第四の慈覚・智証、存外に本師伝教・義真に背きて、理同
事勝の狂言を本として、我が山の戒法をあなづり、戯論と謗ぜし故に、思ひの外
延暦寺の戒、清浄無染の中道の妙戒なりしが、徒に土泥となりぬる事云ひても
余りあり、歎きても何かはせん。彼の摩黎山の瓦礫となり、栴檀林の荊棘となる
にも過ぎたるなるべし。夫一代聖教の邪正偏円を弁へたらん学者の人をして、今
延暦寺戒壇を踏ましむべきや。此の法門は理を案じて義をつまびらかにせよ。
 此の三大秘法は二千余年の当初、地涌千界の上首として、日蓮慥かに教主大覚
世尊より口決せし相承なり。今日蓮が所行は霊鷲山の稟承に介爾計りの相違なき、
色も替はらぬ寿量品の事の三大事なり。

 現代語訳

 戒壇とは、王法が仏法に冥じ、仏法が王法に合して、王と民が一同に本門の三大秘法を持って、かつての有徳王と覚徳比丘の故事を、末法濁悪の未来に移して実現しようとする時、勅宣(王が詔勅を宣うこと)並びに御教書(公卿や将軍等の公文書)を発布して、霊鷲山の浄土によく似た最勝の地を選んで、戒壇を建立するべきであります。

 しかし、戒壇建立には、時を待たなければなりません。
 このようにして、戒壇が建立される時を、事の戒法と申し上げる次第であります。

 この戒壇は、インド・中国・日本並びに全世界の人々が、懺悔して滅罪を祈念する戒法であるだけではなく、大梵天王や帝釈天王等も来集されて、戒壇の地をお踏みになられるのであります。

 この法華經本門(三大秘法)の事の戒法が建立された後には、延暦寺戒壇は法華經迹門の理の戒法でありますので、延暦寺戒壇の利益は失われることになります。

 しかも、比叡山においては、像法時代における延暦寺の本師である伝教大師や、初代の座主である義真からの相伝に大きく背いて、第三代の座主である慈覚と第四代の座主である智証が、『理同事勝』(法華と真言の教理は同じであるが、事相は法華よりも真言が勝ると解釈する邪義)という真言宗狂言を、延暦寺の本義として採用してしまいました。

 それだけではなく、慈覚と智証は、比叡山の法華經迹門の戒壇を侮蔑して、法華經の戒法は戯論であると誹謗したために、延暦寺戒壇は、清浄無染の中道の妙法蓮華經の理の戒法であったにもかかわらず、伝教大師や義真の意図に反して、戒壇が土泥にまみれてしまったことの無残さを言い尽くすことは、とても出来ません。
 また、今さら嘆いてみても、何ともすることが出来ません。

 それは、南インドで、栴檀の香木を採取することの出来た摩黎山が、瓦礫の山と化して、栴檀の香木の林が荊棘となってしまった故事よりも、はるかに無残なことであります。

 そのような次第でありますから、一代聖教(釈尊の一切經)において、正教と邪教との違いや、蔵・通・別教(爾前經)と円教(法華經)との違いを弁えている仏法の修行者に、現今の堕落した比叡山延暦寺戒壇を踏ませるわけにはいきません。
 これらの法門は大切でありますので、その道理をよく考えて、法義を明白にしなければなりません。

 この三大秘法は、釈尊が法華經をお説きになられた二千余年前の当初に、地涌の菩薩の最上位である上行菩薩(久遠元初自受用報身如来垂迹としての御姿)として、日蓮は、確かに、教主大覚世尊からの口決によって相承をお受けしています。

 今、日蓮の所行は、霊鷲山の稟承(注、稟承=ぼんじょう。相承と同意。師匠がお授けになったことを、弟子がお受けして守っていくこと。この箇所においては、日蓮大聖人が『三大秘法稟承事』の冒頭に御引用されている、『要を以て之を言はば、如来の一切の所有の法、如来の一切の自在の神力、如来の一切の秘要の蔵、如来の一切の甚深の事、皆此の經に於て宣示顕説す。』という四句の要法の付嘱→法華經如来神力品第二十一における結要付嘱のことを指す。)に対して、極めてわずかな相違さえもなく、見た目も全く替わることのない、寿量品の事の三大事(本門の本尊・戒壇・題目)であります。

日蓮正宗は平成3年当時に、正本堂を事の戒壇堂であると偽り、創価の謗法に与同したことを反省し公式に謝罪しております。

日蓮正宗創価学会の反目が発生した本当の理由は、池田大作の1990年11月16日の暴言だとする説や、池田の慢心と神格化を正宗側が諫めたとする説が、まことしやかに流布していますが、それは間違いなのです。

創価学会の破門から四半世紀が過ぎた今、創価の謗法は戒壇本尊否定にまで至っており、戒壇論議など顧みる余地もなくなってしまいましたが、根源を訪ねれば結局は昭和47年の正本堂建立寺の戒壇義に戻ってしまうのであります。

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宗務院 教学部長 大村寿顕 師による反省文なども当時は出たようですが、今となっては日蓮正宗は無謬であり妙信講側が指摘したことなど、あたかも何かの錯覚であったのかという態度が現在の宗門の姿勢であります。

今の法華講では、戒壇の大御本尊様を三秘総在の一大秘法として、奉安堂を事の戒壇堂であるとしております。確かに根本の御本尊様として、戒壇の御本尊様と申し上げる以上、戒壇の大御本尊様が事の戒壇であることは間違いないのでありますが、あくまでも鍵をかけ蔵の形式によって奉安しているのですから、時間軸からすれば義の戒壇であるのです。

それにもかかわらず、義の戒壇という言葉は、戒壇本尊と他の本尊との関係性においてのみ使用されています。

これは意図的というほかないですね。

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日顕上人が退座する直前に、戒壇義の総括として全国教師講習会で話した内容が、現在にまで受け継がれているはずであります。また日顕上人の著書「三大秘法義」においても戒壇義について明確にご指南下されております。

 

三大秘法義

三大秘法義

 

法華講員諸氏におかれましては、もう一度三大秘法の意義を研鑽され、日蓮大聖人様の御遺命は戒壇建立にあることを思い起こしてほしいものであります。

広宣流布という言葉、折伏行の推進という言葉、それ自体はあくまでも戒壇建立を目的とするものであり、この日本の国に戒壇が建立されていないが故の、数多くの天災・人災・他国からの攻撃なのだということを知ってほしいのです。

私は、天皇陛下の生前退位の問題が起きてきた今、皇室の存在も忘れたかのごとき日蓮正宗の姿勢に疑問も感じております。

広宣流布は一天四海(全世界)を対象としておりますが、あくまでもその前段階として日本国の戒壇建立という使命が存在しているということを、強調しておきたい次第であるのです。

大聖人の根本の国に広宣流布することなくして、世界広宣流布など存在しないのです。

このような当たり前のことをあえて書かねばならい、日蓮正宗の体たらくを嘆くしかありません。