人間関係の悩みを、信仰で解消することは可能でしょうか?

私達は生活の上で、必ず他人と付き合う機会があります。世の中は自分一人で生きていくことは出来ず、他人の力が必要になります。必要になるところに、「一切衆生の恩」を感じることが大事です。
 人間関係の悩みには、「一切衆生の恩」を感じる余裕もなく、感情的に流される傾向があります。人間関係にも様々な繋がりがあります。仕事場では、上司と部下や同僚、家庭では御主人と奥さん、そして舅姑さんや小姑さん、子供との関係、近所付き合いなど、学校においてはクラスメイトや先輩と後輩等、多くの姿で世の中に人間模様を描いております。
 人間関係の根本的な問題は、貪瞋癡の三毒という心の迷いから来ております。つまり、正しい仏法を信心しないところからです。人間関係の気まずさは、感情に流される互いの弱さが露呈したものです。「柔和忍辱衣」を忘れ、自己中心的に慢心を起こした結果が現証として顕れます。正しい仏法を学び、生活の場に実践することで人間関係を円滑にすることが出来るのです。
 人間関係で悩むということは、非常に自分自身を成長させる一面も持ち、成仏において重要な糧です。人間関係で揉まれることで、貧弱な精神が鍛えられ耐え忍ぶ気持ちが養われます。しかし、基本的な心構えが出来ておりませんと、マイナス思考に陥り人生を悲観的に生きることになります。この心がけの一寸した違いによって、未来の行く末を大きく分けます。人間関係の気まずさを解決する正しい心構えと智慧を持ち、善知識と考え自分自身を大きく成長させる有り難い機会であると考えるべきです。この気持ちを信心で養うのであります。
 なかにはどうしても強気になれず、弱気になる方もおります。信心をすることで性格が変わります。御本尊様に真剣な御題目を唱えることで必ず性格を変えることが出来ます。一念三千を知り、日蓮正宗の寺院へ参詣し、人間関係を解決する智慧を磨くことです。自殺など考える暇があれば、成仏のために御題目を唱える時間に費やすことです。心の汚れを洗い流すことを先ず考えましょう。
 人間関係の辛さは、経験した人にしか解らない苦悩があります。自分自身に惨めさを感じ、劣等感を嫌というほど味わい、生きる希望を失います。終いには、動くことさえ辛くなります。歓喜が湧かず、心の中が常に不安と絶望が右往左往します。これが人生の悩みであり迷いです。仏教用語では三悪道に堕ちている状態です。人間関係による不安と絶望から逃れたいという気持ちがある反面、今の状況に流される自分がいます。常に相手の顔色を伺い、気持ちにゆとりがなく、緊張した状態が続きます。気持ちに緊張が続くと病気が生じます。人間関係の悩みは、ストレスを増大させ身心を蝕んでいきます。人間関係によって、体の中に毒素を発生させます。この毒素は自律神経をおかし、人の性格や住む環境により症状が様々で、経験豊富な方に助言を求めることが大事です。
 日蓮正宗の寺院が、その助言を求める唯一の場所です。御本尊様から直接智慧を頂くことが出来ます。人間関係を解決する特効薬は、御本尊様に向かって勤行唱題することです。寺院で行われる唱題行は人間関係を円滑にする大切な行です。そして御住職様から有り難い御教示を頂き、歓喜を呼び起こし人間関係を解決していきます。

 創価学会顕正会などでは、御本尊様にむかって相手を呪うような祈りを勧めています。しかし、それは間違いです。自分が悩んでいる相手を憎み、「罰が当たりますように」「あんな奴死んでしまえ」などと念じることはしてはいけません。かえって、自分の三毒を増長する結果を招いてしまいます。

 人からいじめられる、嫌われる、誤解されるのは本当につらいですが、その原因は自分の過去の誹謗正法や振る舞いの報いだと認識し、御本尊様に懺悔していくのが正しい祈り方です。

 誰しも無意識に人を傷つける言動や振る舞いはあるものです。

 他人の非礼は許せるように、自分はしないように成長していけるよう、頑張って唱題すれば、自然と状況が変化してきます。

 

いじめの構造―なぜ人が怪物になるのか (講談社現代新書)

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