顕正会員に告ぐ!日蓮正宗の懺悔はとっくに終わっている。

正本堂の意義付けに関する反省



 正本堂の意義付けについて、池田名誉会長は、昭和四十一年七月に発刊された『立正安国論講義』の中で、「すなわち、日蓮大聖人御建立の三大秘法は、われわれ創価学会員の手による正本堂建立をもって完全に終了するのである」と述べ、また昭和四十三年十月の正本堂着工式の挨拶の中では、直ちに三大秘法抄に示される「法華本門の戒壇たる正本堂」と発言いたしました。

 当時、宗門全体が、創価学会の猛烈な勢いと、その風潮の中にあったこともあって、一宗会議員であった私も、三大秘法抄の御文を挙げて「本門寺の戒壇たる正本堂」と、池田名誉会長と同様の事柄を述べたことがありました。

 しかし、その後、正本堂建立の年に当たる昭和四十七年の四月二十八日、第六十六世日達上人は、

 「正本堂は、一期弘法付嘱書並びに三大秘法抄の意義を含む現時における事の戒壇なり」

と、正本堂の意義付けについて「訓諭」を発せられたのであります。私は、その時点でそれまでの考えを改め、日達上人の「訓諭」に示された正本堂の意義に、今日まで従ってまいりました。

 御当代日顕上人は、本年一月六日の教師指導会の折、正本堂着工式において池田名誉会長が、正本堂について、三大秘法抄に示される「法華本門の戒壇たる正本堂」と意義付けした発言に関して、昭和四十七年に日達上人の「訓諭」が出されて以降、今日に至るまで一向に公式な改悔をしていないことについて、その非を指摘せられました。

 すなわち、正本堂を、一期弘法付嘱書・三大秘法抄に示される御遺命の事の戒壇であると直ちに断言し、意義付けてしまったならば、それは既に広宣流布が達成したということであって、それ以降は大聖人の仏法を、折伏によって弘教していくという広布への前進が、全く不要になってしまうわけであります。

 今回、教師指導会における御法主日顕上人の御指南を拝し、改めて私の発言が、昭和四十七年の「訓諭」以前のこととはいえ、軽率であったことが悔やまれてなりません。それはまた、現在教学部長という立場にある上からも、けっして無漸(むざん)に見過ごすわけにはいかないことであります。

 大聖人の仏法には「懺悔滅罪」ということがあり、また外典である『論語』にすら「過(あやま)って改むるに憚(はばか)ること勿(なか)れ」とありますので、ここに誌面をわずらわせ、私の過去の発言の過ちを反省するとともに、懺悔滅罪の一端とさせていただくものであります。


    宗務院 教学部長  大村寿顕

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