●「集団的自衛権違憲」論の裏に潜む中国の影。

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■1.「これは武士道ではない。日本は臆病ものだ」

 2004(平成16)年4月、ペルシャ湾で日本のタンカー「高鈴(たかすず)が武装勢力に襲われたが、アメリカの海軍と沿岸警備隊が護ってくれた。「高鈴」の乗組員は全員無事だったが、米海軍2名、沿岸警備隊1名の合計3名の若者が命を落とした。

 しかし、アメリカ側は「同じ活動をやっている仲間を助けるのは当たり前だ」と語った。当時、陸上自衛隊イラク人道支援活動で展開[a]、航空自衛隊クウェートからイラクに支援物資などを空輸し、海上自衛隊がインド洋で同盟国の艦隊に給油活動をしていたからだ。

 しかし、その後、小沢民主党が「インド洋での給油は憲法違反」としてテロ対策特措法の延長に賛成しなかったため、給油活動を行っていた海自は帰国を余儀なくされた。

 その途端、日本に対する評価はガタ落ちとなった。「日本の油を守るためにアメリカの若者が死んでいるのに、日本人は国内の事情で帰るのか」とアメリカは反発した。イギリスのファイナンシャルタイムスは一面で「これは武士道ではない。日本は臆病ものだ」とまで書いた。[1]

高鈴」の逆のケースを考えてみよう。日本近海で米海軍の艦船が中国の軍艦に襲われた、とする。救援依頼の電波を受信して、海上自衛隊護衛艦が駆けつけたが、国内法の事情から、海自は米国艦船を守るために中国の軍艦と戦うことがきない。

 米海軍の艦船は日米同盟によって、日本近海で日本を守るために活動をしていた。それを日本が助けないとは何事か、と米国民は激高するだろう。その瞬間に、日米同盟は深刻な危機に陥る。いくら条約があっても、米国民は身勝手な日本を守るために、米青年の血を流すことに猛反対するだろう。

 日本を含む太平洋の西半分を自らの覇権下におこうとする中国にとって、唯一の障碍は日米同盟だが、その同盟にクサビを打ち込む最も簡単な方法がこれである。


■2.「集団的自衛権は保有しているが行使できない」という詭弁

 上述のケースで、海自護衛艦が米艦船を守るために戦えないのは、我が国が「集団的自衛権」を行使できないという憲法解釈を政府がとってきたからである。

 集団的自衛権とは「ある国家が武力攻撃を受けた場合に直接に攻撃を受けていない第三国が協力して共同で防衛を行う国際法上の権利」と定義されている。

 これに関して、昭和47(1972)年9月14日、社会党(当時)の質問主意書に対する答弁書(以下、「47年答弁」と呼ぶ)として、「国際法上は集団的自衛権を保有」としながらも、「その行使は違憲」とする次のような見解が出された。

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 ・・・わが憲法の下で、武力行使を行うことが許されるのは、わが国に対する急迫、不正の侵害に対処する場合に限られるのであって、したがって、他国に加えられた武力攻撃を阻止することをその内容とするいわゆる集団的自衛権の行使は、憲法上許されないといわざるを得ない。[2,p132]
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 現在、国会で議論されている平和安全法制は、限定的な集団的自衛権行使を含んでおり、これを多くの憲法学者違憲と指摘する根拠の一つが、この47年答弁である。

 しかし、たとえば「あなたは投票権を持っているが、行使はできない」などと言われたら、一般国民の常識では理解できない。「持てど使えぬ」権利が世の中にあるだろうか? こんな詭弁が、どうして出てきたのか?


■3.平和条約と国際連合憲章で保証された集団的自衛権

 この詭弁的答弁が表明された昭和47(1972)年以前には、我が国が集団的自衛権を持っていることは、自明の理だった。我が国の戦後の独立は、昭和26(1951)年に締結されたサンフランシスコ平和条約によるが、その第5条(C)では次のように謳われている。

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 連合国としては日本国が主権国として国際連合憲章第51条に掲げる個別的又は集団的自衛の固有の権利を有すること・・・を承認する。[2,p145]
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 その国際連合憲章51条は、こう定めている。

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第51条 この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。[2,p22]
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 主権国ならば当然、自分の国を守る権利を持っており、それは個別的、集団的の区別を問わない、というのが国際常識である。大国に対して、小国が単独で自らを守れない場合は、他国との同盟関係を構築して相互に防衛する権利を有するという集団的自衛権は、国家の固有の権利である、と考えられていた。

 我が国の「国際法上は集団的自衛権を保有」とは、このサンフランシスコ条約、および、日本が昭和31(1956)年に加盟した国連憲章によって保証されているのである。


■4.実は行使されていた集団的自衛権

 47年答弁は「憲法上、行使不可」というが、現実には、集団的自衛権の行使を前提とした条約が結ばれてきた。サンフランシスコ平和条約と同時に、昭和26(1951)年にアメリカとの間で結ばれた安全保障条約(旧安保条約)では、前文に次のような一節がある。

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 平和条約は、日本国が主権国として集団的安全保障取極を締結する権利を有することを承認し、さらに、国際連合憲章は、すべての国が個別的及び集団的自衛の固有の権利を有することを承認している。

 これらの権利の行使として、日本国は、その防衛のための暫定措置として、日本国に対する武力攻撃を阻止するため日本国内及びその附近にアメリカ合衆国がその軍隊を維持することを希望する。
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「これらの権利の行使として」とは、その前節の「個別的及び集団的自衛の固有の権利」を指す。すなわち、旧安保条約を結ぶこと自体が集団的自衛権の「行使」だったのである。

 なお、その10年後の昭和35(1960)年に改訂され、現在も有効な安保条約でも、「行使」の文字こそないものの、「両国が国際連合憲章に定める個別的又は集団的自衛の固有の権利を有していることを確認し」た上で、第5条で以下のように謳う。

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各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処するように行動することを宣言する。
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 これは、集団的自衛権を行使するという宣言に他ならない。もし、集団的自衛権の行使が違憲であるならば、現在の日米安保条約そのものが違憲であると主張しなければ、筋が通らない。


■5.政府も最高裁も「集団的自衛権は合憲」

 47年答弁の以前は、政府見解は「憲法上も保有、行使も合憲」をきわめて明確に打ち出していた。昭和29(1954)年に鳩山一郎内閣のもとで出された政府見解は次のようなものであった。

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 戦争と武力の威嚇、武力の行使が放棄されるのは、「国際紛争を解決する手段としては」ということである。

 他国から武力攻撃があった場合に、武力攻撃そのものを阻止することは、自己防衛そのものであって、国際紛争を解決することとは本質が違う。従って、自国に対して武力攻撃が加えられた場合に国土を防衛する手段として武力を行使することは、憲法に違反しない。[1,p203]
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 ここでは自衛権を「個別的」か「集団的」かの区別をしておらず、両方とも自己防衛である限り、憲法は武力の行使を認めている、としている。国連憲章にも、サンフランシスコ条約にも、日米安保条約にも整合する単純明快な見解である。

 最高裁判所も同様の判断を下している。自衛権について、最高裁判所が下した唯一の砂川判決(昭和34(1959)年)では、国際連合憲章に基づいて「すべての国が個別的および集団的自衛権の固有の権利を有することを承認している」事を確認した上で、補足意見ではこう述べる。

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 今や諸国民の間の相互連帯の関係は、一国民の危急存亡が必然的に他の諸国民のそれに直接に影響を及ぼす程度に拡大深化されている。従って一国の自衛も個別的にすなわちその国のみの立場から考察すべきでない。

・・・換言すれば、今日はもはや厳格な意味での自衛の観念は存在せず、自衛はすなわち「他衛」、他衛はすなわち自衛という関係があるのみである。従って自国の防衛にしろ、他国の防衛への協力にしろ、各国はこれについて義務を負担しているものと認められるのである。 [3]
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「自衛はすなわち『他衛』、他衛はすなわち自衛」とは、集団的自衛権そのものである。憲法解釈の最終の権威は最高裁にあり、その最高裁が、自衛権について下した唯一の判決がこう述べているのである。すなわち、政府も最高裁も「集団的自衛権国際法上も憲法上も保有しており、当然、行使も合憲」という判断であった。


■6.自衛権行使違憲論に中国の陰

 この常識的判断が、47年答弁によって突然、「国際法上保有、憲法上行使不可」と変更されたのだ。「解釈改憲」というべきは、こちらの方だろう。どうしてこんな解釈が突然出てきたのか。

 この答弁の出された昭和47(1972)10月の前月、田中角栄首相が訪中して、毛沢東周恩来と会談している。この時、田中首相が何を話し合ったのかは、いまだ正式な外交文書が公開されていないので不明である。

 しかし、その前年の1971年7月と10月に訪中したアメリカのキッシンジャー大統領補佐官と周恩来首相との会議録は公開されている。そこでは周恩来が「台湾と朝鮮半島に対する(日本の)野望を放棄すること」を日本に望むと述べている。対するキッシンジャーは「我々は日本の軍備を日本の主要4島防衛の範囲に押しとどめることに最善を尽くすつもりです」と応えた。

 ここから中西輝政京都大学名誉教授は次のように断言する。

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 この二人の会談の翌年10月----しかもそれは田中訪中の翌月でもある----に出されたのが、前述の集団的自衛権に関する政府・内閣法制局の新解釈なのである。その背景要因として、朝鮮半島、台湾有事に自衛隊を関わらせたくないという米中両国、特に中国側の意向が強く影響していたことは間違いない。[4]
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■7.「社会党が言うから」

 47年答弁は、社会党の参院議員・水口宏之の要求に応じる形で、政府が参議院決算委員会に提出したものだった。当時、官房長官であった宮澤喜一氏は、後に「集団的自衛権違憲だという答弁は、社会党が言うから防衛線を固く敷いてきた」と述べている。[5]

 社会党の要求通りの「集団的自衛権行使不可」の政府答弁は、いたく社会党の気に入ったので、珍しいことにこれに反対を唱えたことはついぞなかった。[5]

 社会党は、かつてはソ連から資金援助を受けていたことが、ソ連崩壊後に公開された秘密文書により公開されたが、47年答弁の時期に同様に中国の代弁者として活動していたと推定しても不思議ではない。中国側の指示を受けて社会党が参院で質問し、自民党キッシンジャーの意向を受けて新解釈を打ち出した、というのが真相のようだ。


■8.「専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しよう」

 日本の集団的自衛権行使を一番恐れているのが中国、という構図は今も変わらない。

 中国は集団的自衛権行使に反対しており、社民党朝日新聞なども、中国の意向を受けてであろう、「戦争への道」などとヒステリックに非難している。しかし、南シナ海で軍事基地を作り、わが国の領海領空に侵犯を繰り返す中国の脅威には言及しない。


 他方、アメリカを始め、中国の脅威を受けているフィリピン、ベトナムなどの東南アジア諸国、オーストラリア、インドは、集団的自衛権を含む安全平和法制を両手を挙げて歓迎している。

 集団的自衛権の議論は、わが国とこれらの国々が中国の覇権に下り、ウイグルチベットのような隷従の道を歩むのか、それとも共産中国を封じ込めて、自由と独立を守るかの分かれ道なのである。

 日米欧はかつての冷戦において結束してソ連を打倒し、欧州側の多くの国家、民族を解放した。しかし、アジアにおいては共産中国との冷戦はまだ続いている。[b]

「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」という日本国憲法に従うならば、我々は米国・アジア・太平洋諸国と連帯して、共産中国の「専制と隷従、圧迫と偏狭」から人類を救わねばならない。
(文責:伊勢雅臣)

■リンク■

a. JOG(378 サマーワに架けた友情の架け橋
 自衛隊イラク支援活動によって得られた信頼と友情は「日本人の財産」
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h17/jog378.html

b. JOG(889) 対中戦略を対ソ冷戦の歴史から学ぶ
 ソ連消滅はいかに実現されたのか。
http://blog.jog-net.jp/201503/article_1.html

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 佐藤正久自衛官のリスクを政22]争の具にする勿れ』、「WiLL」H27.8

2.佐瀬昌盛、「集団的自衛権」★★、PHP新書、H13.5
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/456961616X/japanontheg01-22/

3. 潮匡人集団的自衛権で錯乱する朝日新聞」、『正論』H26.6

4. 中西輝政集団的自衛権の衝撃 日本を歪めてきた『日中友好』の闇は打ち砕かれた」、『正論』H26.9

5. 岡田邦宏「集団的自衛権 『行使違憲論』の正体」、『明日への選択』H26.6

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