出逢いは運、別れは努力

1. 論長論短 No.256

                          出逢いは運、別れは努力
                                                              宋 文洲

50代の彼は中小企業の役員を務めていました。会社の隣の食堂にランチにいって15歳下の彼女と恋に落ちました。恋は15年間も続いたのですが、とうとう奥さんに発覚しました。

奥さんに別れを迫られて彼は彼女と別れることにしました。それから10年後、彼は退職しました。毎日家に居ると奥さんとの喧嘩が絶えず、とうとう「タクシードライバーをやりなさい」と言われました。

お金に困っているからではなく、家に居なくて済むとの理由で70歳の彼はいま東京の街をタクシーで走っています。

私は彼のタクシーに乗った時に、その不慣れな操作をみて「もともと違う商売をしていたでしょう?」とか「いまお歳はいくつ?」とか「なぜこんな商売を始めたのか?」などの雑談から入ってとうとう不倫や奥さんとの不仲まで聞いてしまいました。

「馬鹿なことしましたね。なぜ彼女と結婚しなかったの?」と私がいうと「はい。娘にも同じことを言われました。後悔しています。結局、家内とも仲良くなれずこんな惨めな老後に・・・。」と彼は嘆きました。

よく行く食堂などで異性に声をかけて出逢いを果たすことは運です。それを幸福に繋げるには大変な努力が必要です。その不倫相手と早く別れることも努力ですが、奥さんと別れることも努力です。出逢いだけを楽しんで別れの努力をしない彼は怠け者であり、幸せになる資格がないのです。

人間社会にある永遠の方程式があります。それは

出逢いの数=別れの数
という方程式です。
さきほどの彼は早く奥さんと出逢って遅れて彼女と出逢いました。彼女とは早く別れましたが、死ぬ時に奥さんと別れます。努力しないから好きな彼女と早く別れ、冷え切った奥さんと死ぬまで我慢してしまうのです。

人々はロマンと希望を込めて出逢うことを語るのですが、別れることを前向きに考えないのです。この傾向は特に日本人に強い気がします。サラリーマンの転職率の低さと経営者の流動性の低さもここに起因するのでしょう。組織や家庭の形式は安定するのですが、才能や幸福などの中身が疎かになります。

「水が入っている茶碗でお茶を飲めない。」出逢いが先にあって別れが後にあると思う方が多いと思いますが、真実は逆なのです。良い別れがあってこそ、良い出逢いが可能です。良い別れとは悪い現状と別れを告げることです。
別れる時に良い出逢いが保証されている訳ではないのですが、勇気を持って悪い現状と別れることは大切なのです。

タクシーで老後を送っている彼が不幸になるのは当然です。稀にみる幸せな出逢いがあったのだから奥さんに別れを告げればいいのにその勇気さえもなかったからです。彼女と奥さんを二人とも不幸にしたこの男性は幸せになれる訳がありません。

私は決して不倫と離婚を勧めている訳ではありません。初婚でずっと幸せな友人もいれば、5回も離婚してやっと幸せになった友人もいます。仮面夫婦を数十年間も続けて淋しい老後を送る友人もたくさん知っています。
他人の選択に私は口を挟む趣味はありません。

今日はどうやって幸せになるかについて独断を述べたかったのです。
出逢いは運であり、別れは努力である。別れは先にあり、出逢いは後にある。
この道理は人生や事業の転換にも通じると思いませんか。

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