長年信心をしているのに、いいことがひとつもないと愚痴るあなたに

法華講員による法華講員への怨嫉はなぜ起こる?

日蓮正宗に入信して信心修行をしていくうえで、一番もったいないのは功徳を消す行いです。十四誹謗という言葉が有名ですが、信心修行は自分の心に湧き起こってくる十四誹謗との闘いなのです。

 

私に質問してくださる方の多くは、日蓮正宗で信心を長いことしているのだけど、地獄界でつらくてしょうがないと仰ります。そして、日蓮正宗の信仰に意味を見出せないし、信じることもできないと愚痴を言うのです。

 

まず、厳しいことを言うようですが、信じられなくて修行もまともにしていないのならば、それは「長年信心をしてきたのではなく、サボってきた」ということです。もしくは退転していたのです。ですから、そのような愚痴は的外れで、日蓮正宗には何の責任もないのです。

 

私のお答えはどの方に対しても大抵同じで、「勤行・唱題」「寺院参詣」「登山」「折伏」「御供養」「塔婆建立」「支部活動」「外護任務」を3年間、できる限りの範囲で精一杯実践してみましょう、というだけなのです。

 

3年間というのは、単なる目安で1月で変わることもあれば、1年・2年・5年・7年と、人によって功徳を感じるようになるまでの期間は違うでしょう。人それぞれ環境や生い立ち、宿業も全く違うのですから果報もそれぞれ違うと思うのです。

 

しかし、まずは何よりも「勤行・唱題」が基本ですから、そこをしっかりとお勤めになることを強調しております。

 

すると、

「そんな話はお寺でも散々聞かされた」

「あなたに功徳があったからって、皆に功徳があると言い切れるのか?」

「3年頑張って結果が出なかったら、どう責任を取ってくれる?」

「あんたの所属寺院に行って、傷つけられたといいつけてやる」

等々、イラついて逆切れされてしまうことが多いのです。

 

でも、よくよく本当のところを聞ききだしてみると、朝夕の勤行すら毎日できていない人がほとんどなのです。

 

私は自身の体験を通して、そのことはよ~く分かっていますから、何度でも「本当に勤行できてる?」「今朝は勤行できた?」ってお聞きするのです。本当にできていたら怒るはずもないですから、 嘘をつけずにサボっていることを白状してしまうのです。

 

その後は、

「上から目線でものをいうな!」

「お前は幸せでいいよなあ、私のことなんか人ごとなんだろう?」

などのお言葉を頂戴してしまいます。そして、さっさと絶交を宣言し逃げていってしまいます。

 

私は、逃げ去る背中に向かいいつも同じ言葉を贈っています。

「私から逃げても自分からは逃げられないんだよ」

強者を弱くすることによって、弱者を強くすることはできない。

信心修行の中で心をかき乱すもの・・・それは、他の法華講員の幸せそうな姿であることが多いのです。幸せそうな笑顔・仲睦まじい家族・社会的地位・裕福な生活状態、うらやましく思う対象は区々あるでしょうが、同じ信仰をしているのに結果が違うと思い込んでいるのです。

 

結果の平等を求める心を怨嫉(ルサンチマン)と呼ぶのです。まさに、共産党根性です。その根っこはキリスト教。往生思想です。

金持ち=悪

権力者=悪

弱者=善

ばかばかしいほど幼稚な思考回路ですが、地獄界に根を張った強力なパワーを持っています。地獄の業因です。

 

そんな心に惑わされることなく、地道に自分に嘘をつかず頑張ってみて下さい。

 

きっと日蓮正宗のどこの寺院・支部に相談に行こうとも、言われる言葉は同じですから。

「冬は必ず春となる」

あなたが、春の日を生きているうちに実感できますように・・・。

心の中でお祈りし応援しています。