アメリカの一学会員さんの御質問にお答えして

当ブログの2013年12月23日付記事について、多数のコメントを頂戴いたしました。

その記事は下記のリンクからご覧ください
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池田大作「創価学会」名誉会長 担当していた元看護師が語る「厳戒病室」本当の病状

件の記事は週刊誌に掲載された、池田大作さんの当時の状況をセンセーショナルに書きたてたもので、真実かどうかはわかりません。裁判なども行われましたが、その結果云々に私は興味ございません。池田氏が人生の最期にこのような末路を迎えていることを、当然の果報であると思っております。末端の会員が言うように、老齢であろうがお元気でいるのなら普通に姿くらい見せられると思っています。

ただ、公の場に姿を見せないカリスマ不在の創価学会は、信濃町幹部の優秀な組織運営によって崩壊するようには見えていません。ポスト池田氏の絵図面も色々と取りざたされてはいるが、真相を外部からうかがうことは無理であります。

ただ、創価学会2世として生まれ19歳で顕正会に入会し、38歳で法華講に入講した私には彼の正本堂についてどう思うかの問いについて、様々な心情が交錯しますので自分の気持ちを正直に公開してみたいと思いました。

日蓮正宗の宗旨における「三大秘法」に「本門の戒壇」「本門の題目」「本門の本尊」があり、このうち「本門の題目は南無妙法蓮華経」、「本門の本尊は大石寺に安置されている一大秘法の弘安2年の大御本尊」ということで確定されていたが、池田大作が学会破門を機に「正本堂=本門の戒壇を造ったのは自分なのに」と増上慢を起こしたため、その増上慢の破壊の意味も込めて大客殿に引き続き正本堂の取り壊しの運びとなった。

この「本門の戒壇」について池田大作は日本の広宣流布を達成したのだから、自分が建てた正本堂が「本門“寺”の戒壇」だと主張した。

これに対し、宗門が、未だ広宣流布が達成されていないのに「本門“寺”の戒壇」を名乗ることは許されないと拒否した。

以下時系列を記述する。

1.平成3年、宗門は創価学会からの少なくない収入を断ち切ってまで教義の正統性と信仰の純粋性を守る為、創価学会を破門した。
2.宗門は、その後当分の間創価学会員の正本堂内拝を許し、その間に創価学会を脱会し、宗門に再度帰依するよう促した。
3.平成9年、宗門は創価学会員の信徒資格喪失=正本堂参詣不許可を新聞広告などを通じて周知した。
4.平成10年、宗門は上記の猶予期間を経て、正本堂解体に着手した。
5.正本堂の建立願主は教義逸脱で破門された池田大作である。
6.正本堂の維持費は年間10億円かかった。
7.総本山内の建物の所有・維持・管理の全ての権限は宗門にあって、創価学会にはない。
1 - 4の経緯を経て、5, 6の理由と7の法的根拠をもって正本堂は解体された。

それ以外にも耐震性の問題であるとか、安普請の弊害とか諸々あるようですが、上記のような回答が日蓮正宗の公式見解とみなしてよろしいのではないでしょうか?

さて、ここからが今現在の私の心情です。

「事の戒壇」と「本門寺の戒壇」は同じく「じのかいだん」と読めるため、混同しがちなのですが、浅井昭衛氏の問題が絡んでくると重要になってきます。

昭和47年生まれの私は、正本堂建立の年に生まれましたので42歳のおじさんですが、この正本堂問題やそれにまつわる「事の戒壇」論争は、物心つく前ないしは生まれる前の出来事です。

創価学会が過激な団体だったということは、全く現実感が無い世代なのです。父母世代の武勇伝くらいでしか聞いたことがありません。

私の同級生にも学会の子たちは大勢いましたが、まじめに信心をしている子は少なかったですね。私の家は違いましたが。

私の父は昭和7年生まれで昭和34年入信です。バリバリの折伏闘争活動家だったようで、母も県内折伏成果1位に輝いた実績を持っていたと言います。その父が私が幼稚園くらいの頃、ちょうど昭和52年路線くらいから学会組織と距離を置くようになり、母は一時期法華講に入講しようと思ったりしていたようです。

そんな父母の間では、なぜ国立戒壇をやめたのか全く事情が呑み込めず、不思議でしょうがないという違和感があったようです。選挙に功徳があるとか、折伏はしなくていいなどと、地域の幹部にいわれたようで、???となってしまったようです。

そして思い起こせばこの時期から、我が家には罰の現証が出てまいりました。

そんなおり私が高校3年生の11月に、例の池田スピーチがあり中継会場で実際に見ていた私も驚いたことを記憶しています。

父が国立戒壇を主張する浅井顕正会に傾倒していったのは、ある意味自然な流れだったのかもしれません。

組織の末端にいる者には、上層部の指導方針や闘争などなかなか正確に降りてこないのです。

私はこの「事の戒壇」問題には本当に悩みぬきました。

研鑽と唱題を繰り返し、理解を深めて行くと簡単なことであったと分かりました。

日蓮正宗の信仰は、戒壇の御本尊様と貎下様に行きつくほかはないということです。

それは家に残っていた昭和30年代に出版された、戸田会長の指導集・講演集・論文集・巻頭言集を読みこんで分かったことです。

戸田さんも色々本山に疑問を持ったり、僧侶に暴行加えたりと乱暴者ではありましたが、それでも本山から離れることはありませんでした。百千の議論よりも、この戸田さんの行動こそが現証だと思っています。

富士大石寺を離れて日蓮正宗の信心はありません。

「正本堂問題」「国立戒壇問題」「僧侶の肉食妻帯」「僧侶の人格・品格」「戦前の軍部への対応」「血脈相承問題」…。

アメリカの一学会員さんが、疑問に思うことは私も一通りぶつかってきたように思います。

しかし、結局は日蓮正宗の信仰というものは、戒壇の御本尊様を日蓮大聖人様の当体であると信じ、その御内証を貎下様が受け継ぎ御本尊書写を始めとした、全ての権能を御所持あそばされていると信じること、これに尽きると思うようになりました。

これが崩れてしまうと他門日蓮宗と同じになってしまう。これだけなのです。

人法一箇…ここが妙法なのです。大聖人様の御悟りといいますか、生命と申しますか、心と申しますか、ここを離れて単なる「法」なるものが存在しないということが分かれば、あとは枝葉末節であることが理解できます。宇宙のリズムとか宇宙に存在する根本法則なんていうものは、会通を超えた邪義なのです。

正本堂を壊したから、正本堂を建てたから、いっぱい御供養したのに…そんな信心は日蓮正宗の信心とは関係がありません。

戸田さんの改竄されていない指導を熟読することをお勧めいたします。