命限り有り惜しむべからず遂に願ふべきは仏国なり

【人久しといえども百年には過ぎず。其の間の事は但一睡の夢ぞかし】

 
 【新厄年について】

 健康食晶メーカーのエバーライフが「年齢研究所」を設立していますが、その研究所が、新厄年として次の年齢を挙げています。

男性24歳・37歳・50歳・63歳
女性25歳・39歳・52歳・63歳

 厄年が健康を害しやすい年齢であるならば、平均寿命が男性79.4歳、女性85.9歳まで延びた現代人は、昔の厄年とは違ってきているというのです。
 寝たきりや介護を受けることなく、健康な日常生活を送れる生涯の年数を「健康寿命」といいます。
 日本人の健康寿命は、男性70.4歳、女性73.6歳で、女性は平均寿命との差が実に12年に及んでいます。
 健康寿命をできるだけ実際の寿命に近づけ、穏やかに老いることが万人の理想です。健康寿命を損なう原因となる病気として、脳梗塞認知症、変形性膝関節症、骨粗握症、心筋梗塞、糖尿病などがあげられるそうです。
 そこでこれら疾患にがんを加えた7疾患の年齢別発症率を統計学的な分析を加えると、発症率が高まるターニングポイントとなる年齢が男女とも20代以降の先に示した4ヵ所にあるそうです。
 「新厄年」とはその年だけ注意すればいいというのではなく、「新厄年」を意識して、生活習慣の改善に早くから、また継続的に取り組むことが大切だそうです。
 若いうちは糖尿病、働き盛りを過ぎた50歳前後は心臓の血管、60歳前後は脳の血管の詰まり・に特に要注意、というのが、男性が新厄年を乗り切るためのポイントだそうです。
 メタボ体質の私か申しあげても説得力がありませんが、自分に戒めていると思って聞いて下さい。
 女性の場合、新厄年における各疾患の影響度は、男性と大きく異なるそうです。25歳で糖尿病が発症リスクの半分を占めている点は同様ですが、39歳では婦人科系がんの発症リスクが上昇するそうです。さらに特徴的なのは、52歳と63歳において、変形性膝関節症、骨組鴛症の2疾患がウエートの半分を占めているそうです。
 変形性膝関節症は症状が進行すると歩行困難をきたし、骨粗霧症は骨折・転倒をまねくため、歩行に障害が出はじめ、要介護になるリスクが高まっていくそうです。

 「年齢研究所」が実施した、(2012年5月30代〜60代の男女2000人を対象)「年齢と老化に関する意識調査」によると、老化の自覚症状は、30代は疲れ、40代は白髪、50代は老眼、60代はもの忘れがトップ。もの忘れは30代でも4割が自覚。老化の自覚症状トップ10の中で、30代以下で感じ始めた老化の症状は、「疲れ」に関するもの。自分の夫や妻に感じる4大老化症状は、白髪、肥満、老眼、もの忘れ。自分の伴侶に対策を求めたい老化症状は、夫は妻に「太った」、妻は夫に「加齢臭」がトップだそうです。 

 既婚男女が心がけている2大老化対策は、野菜中心の食事、よく歩くことだそうです。
 面白いのは「老けたね」と言われたくない相手に男性は妻、女性は同性の友人で、夫より同性の目を意識しているそうです。
 また、自分の「見た目年齢」は実年齢より「6歳以上若い」と3割以上が回答しており、自分で「若い」と回答した人ほど、病気の予防対策を先延ばしにする傾向があるそうです。
 ストレスはどの世代にもあるものですが、特に50代以降は、50代以降は、ホルモンの分泌も低下するため、ストレスの影響をまともに受けて免疫力が低下するそうです。
 とくに63歳は7疾患の発症率が急上昇するターニングポイントで、「新・大厄」とも言われています。 
 うちの講で、今、講の核となっている方々がまさにこの世代です。慈本寺にとってはゴールデンエイジ(黄金世代)と言えます。
 だからこそ、日頃の生活を振り返って改善し、気をつけることが大切だと言えます。

 【動ける時間はそう長くない】

 先月の更寿会にて70歳以上の講員さんを見るにつけ、現役で仕事をされている方、趣味を楽しんでおられる方など、とても明るく実年齢より若々しくおいでになります。
 しかし、日本人の健康寿命が、男性70.4歳、女性73.6歳であるとするならば、我々がハツラツと御奉公できる時間はそう長くないと言えます。
 しかし、そんな中にありながらも、ご自分の信心の決 定と成仏を考えながら信心修行をしていくべき非常に大切な年齢であるとも言えます。

 前置きが相当長くなってしまいましたが、そこで本日は、
 

「命限り有り、惜しむべからず。遂に願ふべきは仏国なり」(御言488頁)

と大聖人様が仰せになられた『富本入道殿御返事』の有名な御文についてお話しをさせていただきます。

【富本常忍(ときじょうにん)について】

 富木常忍とは、下総国葛飾(しもうさのくに)郡八幡(やはた)荘若宮(わかみや)(千葉県市川市)に住み、千葉氏に仕えた武士で、富城殿・土木殿と書かれた御書もあります。
 呼び名は、はじめ富城五郎常忍(つねのぶ)といい、入道して常忍(じょうにん)と称し、また日常(にちじょう)との法名を賜わりました。
 入信は、日蓮大聖人が立宗宣言されてから数年ぐらいの頃と、信徒の中でも最も早い時期の入信で、建長五年十二月九日付の「富木殿御返事」(御言25頁)が現存し、この頃入信されたと推測されています。
 大聖人様が佐渡御流罪の当時、門下の中から多くの退転者が出るという逆境の中でも、常忍は強盛な信心を貫き、たびたび、大聖人に銭・衣類などを真心から御供養申しあげています。
 大聖人様が佐渡へ御配流になった後も、富木殿は変わらぬ志で外護に尽くされました。
 富木殿に賜った御書け伝えられるだけでも数十編にのぼりますが、その中には『観心本尊抄』をはじめ、『法華取要抄』『四信五晶抄』などの重要御言も含まれています。
 大聖人が文永11年(1274年)5月に身延に御入山になった後も、常忍は御供養を絶やすことなく、建治2年(1276年)2月に常忍の母が亡くなると、自ら亡き母の遺骨を抱いて身延を訪ねます。
 これに対して大聖人は、妻の尼御前に宛ててお手紙(富木尼御前御返事)をしたためられ、富木常忍が大聖人様のもとに登山参詣することができるのも、内助の功である妙常尼の力があってのことであると、矢と弓、雲と竜の関係を例に引かれて仰せになります。
 また、主人の富木常忍の姿を見れば、妙常尼にお会いしたのと同じであると述べられ、主人の留守を守る妙常尼に温かい御配慮をなされています。
 富木常忍は、最初の妻を喪った後、妙常を妻に迎えましたが、その連れ子は後に大聖人様の弟子・伊予房日頂(後の六老僧の一人)となり、またもう一人は後に日興上人を師匠とした寂仙房日澄師です。
 このように富木殿は、日蓮大聖大の檀越の中でも早くに入信され、生涯、貫かれました。
 
【当時の時代背景】

 大聖人様への信仰と外護を文水八年九月十二日の竜ノロ法難の後、佐渡へ御配流(はいる)となった大聖人様は、十月十日相模(さがみ)の依智(えち)本間邸を出発し、十月二十一日に越後寺泊(てらどまり)に着かれました。
 この時、富木常忍は大聖人様に書をもってお見舞い申し上げると同時に、佐渡へのお供として数名の人道たちを従者として遣わしました。
 この従者たちは、富木常忍への迷惑がかかるとの大聖人様の御配慮により、渡航前に越後の寺泊より還されています。
 ここで海路の順風を待ち、十月二十八日に佐渡に渡り、十一月一日に配所の塚原に到着されました。
 大聖人様が住まわれたのは、塚原の三昧堂といい、
 『種々御振舞御書』に、 
 

「十一月一日に六郎左衛門が家のうしろみの家より塚原と申す山野の中に、洛陽の蓮台野のやうに死人を捨つる所に一間四面なる堂の仏もなし、上は板間あはず、四壁はあばらに、雪ふりつもりて消ゆる事なし。かゝかる所に敷皮打ちしき蓑うちきて、夜をあかし日をくらす。夜は雪霞・雷電ひまなし、昼は日の光もさゝせ給はず、心細かるべきすまゐなり」(御書 1062頁)

とあるように、本間六郎左衞門の後ろにある、死人を葬るところに建てられた、あばら家の三昧堂でした。
 『富木入道殿御返事』はこの三昧堂において十一月二十三日に認められたのです。
 大聖人様は、とても人が住める伏況では無いあばら家に放置され、いつ飢え死にするか、いつ凍死してしまうか、いつ他宗の人間に殺されるか分からない状況下で過ごされました。
 このような過酷な状況下で、体力のない者や幼い者はとうてい生きていけないとのご配慮から、ここまでお供してきた弟子を日興上人を残し返されました。 
 そして、門下に対し大聖人様は「命限り有り、惜しむべからず。遂に願ふべきは仏国なり」と仰せになるのです。
 私達は心して、この御文を拝さなければなりません。
 今のご自分の状席や命よりも、国を憂い、仏国土となって真の平和な世界が訪れるよう願われているのです。
 日蓮大聖人が唱え出された南無妙法蓮華経の題目は、一切衆生を救わんと末法濁悪の闇に放たれた大光明です。
 もしこの教えが説き出されなかったならば、私たちは六道輪廻の苦海に沈没して、永遠に成仏の大功徳を味わうことはできなかったのです。

 【仏国とは】

 仏国と言われ皆さんはどんな世界を想像されるでしょうか?
 どこか西の彼方にあると言われる、人々に悩みや苦しみが無く、蝶や鳥が舞い、花が咲き乱れる浄土でしょうか?
 大聖人様は、今、我々が住んでいるこの地こそ、浄土にも欄土にもなると仰せです。
 すなわち、我々が住んでいるこの地に、仏国土を建設していかなければならないのです。
 では、どうやってするのか?
 一人が一人を折伏し続け、広宣流布を目指していくのです。
 日蓮大聖人は『立正安国論』に、
 

「倩(つらつら)微管(びかん)を傾け聊か経文を披(ひらき)たるに、世皆(みな)正に背き入悉(ことごと)く悪に帰す。故に善神国を捨てゝ相(あい)去り、聖人所を辞して還らず。是を以て魔来たり鬼(き)来たり、災(さい)起こり難起こる」(二三四頁)

と仰せになっています。
 混迷の極みに達している現代社会。次から次と起こる凶悪事件や天災による悲惨な出来事。
 あるいは、会社の倒産やリストラなどに象徴される経済不安の問題。そのほか政治や教育の混乱、不安定な世界情勢など。
 これらの原因は、まさしく邪宗教が世の中に蔓延しているところに起因するのです。
 世界各地で起こる紛争、天災、事件や事故などの一切を解決し、世界中の人々が言語や文化の違いを乗り越え一つになれる方途は、広宣流布しかないのです。
 これらを、そんな訳ないだろと疑ったり、自分には関係ないことだと思ったり、私には出来ないと諦めてはならないのです。

 【人の一生は一睡の夢】

 大聖人様は『松野殿御返事』にて、
 

「人久しといえども百年には過ぎず。其の間の事は但一睡の夢ぞかし」
 「身命を捨てて法を弘むべしと見えたり。此等の禁めを背く重罪は目には見えざれども、積もりて地獄に堕つる事、背へば寒熱の姿形もなく、眼には見えざれども、冬は寒来たりて草木人畜をせめ、夏は熱来たりて人畜を熱悩せしむるが如くなる」 (一〇五二頁)

と、厳しく仰せになられています。
 御法主日如上人貌下は、
 

広宣流布に資するということが我々の使命であって、広宣流布を放棄してしまっては、我々の存在価値は全くなくなってしまう(中略)広宣流布というのは、具体的に言えば折伏をすることである。折伏を忘れてしまっては、我々の信心は何も意味がなくなってしまいます。(大日蓮787号70頁)

と御指南されております。
 更に、
 

「一般社会においても、自分一人だけの幸せはありえないように、自他共の幸せこそ真の幸せであります。(中略)今日、我々が菩薩の春属としてこの妙法蓮華経の大法をもって一切衆生救済の大願のもと、一心に折伏に励むことは、仏様の御意にかなう至高最善の仏道修行となるのであります。」 (大日蓮777号62頁)

と御指南されております。
 来世へと持って行けるものは、お金や財産ではなく、今生で積んだお題目や折伏功徳だけです。短い一生だからこそ、私たちは少しでも長く御奉公できるように健康に留意しながら、懸命に生き、修行すべきなのです。
 私たちは、御命題達成を目指して、一歩も退くことなく、一時も怠ることなく、大聖人様の御化導に倣(なら)って立ち上がり、妙法広布に挺身しようではありませんか。

慈本寺様HP「御住職の法話」より転載させていただきました。