謗法厳戒に違背との邪難を破す(その1)

《学会の戯れ言》




「謗法厳戒」は宗開両祖(日蓮大聖人と日興上人)の根本精神であるにも関わらず、日顕はそれを教導すべき立場にありながら、自らの先祖の墓を禅寺に建立。
【破 折】
 『禅寺墓地問題』について

《そもそも、この話は平成元年の事柄である》
 創価学会では、平成三年九月二十七日付の『中外日報』※(邪宗の新聞)に、「日顕法主が〝邪宗の墓地〟に先祖墓」などという大見出しを付け、誹謗・中傷記事を掲載するや、これを受け継いで、全国の寺院に毎日無断で送信されてくる宗門批判の怪文書『地涌からの通信』の九月二十九日号から、このことが連載されている。
 さらに、十月二日付の『創価新報』に、日顕上人猊下の御親戚に当たる福島県福島市荒井の阿部賢蔵氏(総本山第六十世日開上人の弟の銀蔵氏から数えて四代目)が、平成元年七月、先祖代代の墓地に墓石を新たに建立したことに関しての卑劣な中傷記事が掲載されたのである。

 余談であるが、平成元年と言えば、まだ、学会も宗門と協調路線を歩んでいる時ではあったが、学会は社会的にも大事件を二つも起こしている。
 1、六月三十日
 横浜市旭区産業廃棄物処理場で一億七千五百万円入り金庫発見。(七月三日 学会は持ち主を創価学会中西元総務と発表)
 2、十一月七日
 創価学会ブロック長、別府市寿福寺住職玉澤研済師を誘拐。 犯人身代金六億円を要求。 

 創価学会は、ご丁寧に、日顕上人の墓石開眼供養の写真を出すが、その写真はどこから入手したのか?また、墓地の登記まで調べているが、こういうのをストーカー行為と言うのである。
 再度言うが、これは平成元年の話である。ナゼ学会は、疑問に思ったり謗法だと思うのなら、この時にお聞きしないで、宗門問題が起きた時に嬉しげに出してくるのか?

 何のことはない、学会は初めから難癖であることは充分承知の上で、行動を起こしているのである。そして、宗門の出方、様子を探るべく、邪宗の新聞を使い、怪文章を使い、何かあればいつでも学会とは関係ないスタンスに移ろうと構え、様子を見ていたのである。
 学会首脳は、真実がどうあれ、会員を洗脳できればそれでいいのである。

※『中外日報』(仏教各宗の総合新聞)は一時期、学会の資金が流入するとともに、学会が同新聞を大量に買い付けていたという事実が、宗門側の新聞によって暴露されたことがあります。このような背景事情があって『中外日報』は、「学会の御用新聞」のごとき報道を繰り返し行ったのです。
 つまり、学会の御用新聞が、学会に加担した報道を流していただけのことであり、何の信憑性もないことは明らかです。
 そして内外から、その偏った報道姿勢に非難を浴びました。そのため同新聞は、平成十年に、第一面全体を割いて、それまでの学会偏向の報道姿勢を反省し、改める旨を表明しています。

《墓石は福島阿部家のものであり、日顕上人の自家のものではない》
 創価学会では、日顕上人が自家の墓地を寺院に造ったと誹謗しているが、それは間違いであり、学会が指摘する墓地は福島の阿部本家の墓地である。
 日顕上人御一家の墓は、すでに戦前、第六十世日開上人の代において、総本山大石寺の墓地内に建立されているのである。福島の本家は、日開上人の弟の銀蔵氏が後を継いだわけであるから、その村の墓地に阿部家代々の墓があっても何の不思議もないのである。
 日顕上人は、縁戚の阿部氏より願い出の墓石のお題目を御書写あそばされるのに際して、福島の阿部家は実父である日開上人の生家であることから、その報恩の意味も兼ねて建立の費用を負担しようと仰せられ、当主他福島阿部家一同が、このお慈悲を有り難くお受けして墓石の建立をお願いされたものである。

《白山寺管理の墓地について》
 創価学会が口汚く罵っている当の墓地についてであるが、この墓地は村の共同墓地的な性格のもので、昔は土葬の墓地であった。現在は白山寺という禅宗の寺院が管理に当たっているが、厳密には三つに区分けされている。
 第一区画は明治時代からの村の共同墓地であり。
 第二区画はそれが後に拡張されたところである。(※この墓地は第一区画の共同墓地が狭くなったために昭和二十四年に拡張造成されたもので、その折、阿部家もここに墓地を購入したとのことである)
 第三区画の檀家専用の墓地については檀家にならなければ白山寺は分譲しない。
 第一・第二区画の墓地は墓石や塔婆供養等、宗派を問わず自由にしてもらっているのであり、共同墓地が狭くなったから拡張したというのが村の人達の認識である。

 その証拠としても言える事は、白山寺の境内地域と、第一・第二区画の村民共同墓地との間は塀で仕切られており、第一区画・第二区画の墓地は寺院に関係なく、一般道から自由に出入りができるのである。こうしたところなので、日顕上人は阿部家での法事を済まされた後で墓地に赴かれ、墓石の開眼供養をなされたのである。

《福島阿部家 墓地移転の経緯》
・阿部家先祖代々の墓は阿部家近辺の墓地にあった。
・明治初年に村の共同墓地を造った際、移転した。
・この共同墓地が狭くなったため、昭和二十四年に拡張された墓地へ更に墓を建立。
・今回は土葬で雑然としており、墓を改修したいと念願

※この墓地は、性格上共同墓地であり。登記上の管理・所有が白山寺になっているにすぎない。
※昭和二十四年に拡張した墓地も、明治以来の共同墓地を持っている者全員に無償にて提供されたものであった。
※明治以来の旧共同墓地にある阿部家代々の旧墓碑にも「妙法」とお彫りしており、先祖代々正宗信徒としての筋を通しておられる。

 要するに、昭和二十四年に拡張した墓地は、墓地の性格としては、太政官布達に基づく官の指令による明治以来の公共墓地の拡張であるが、土地の所有と、墓地の管理は現在白山寺が行っているということである。
 そもそも、このように、明治以来の複雑な墓地造成の状況が存する場合において、何よりも大切なことは、単に墓地の表記が共同墓地であるかないか、或は寺院の所有であるかないかということよりも、実際の墓地の性格が寺院墓地なのか、共同墓地なのか、ということが大切な判断の基準でなければならない。

 学会が言うように、これらの墓地全てが、純然たる白山寺の寺院墓地であるならば、墓地埋葬法十三条により、他宗の典礼を拒むことも出来るのである。
 県保健所・衛生課、及び市役所・保健衛生課の墓地台帳等に、白山寺に隣接する墓地を白山寺墓地と表記してあっても、それは前述の如く、墓地の管理寺院である意味なのであり、当該墓地については、明治期以来の共同墓地としての慣習が、厳然と生きていると言わねばならない。
 故に今回の阿部本家の墓碑開眼に際しても、同家として白山寺へは、管理寺院に対する世間的儀礼の上からの挨拶をしたまでである。

 このように、例え他宗の管理乃至所有する墓地であっても、信仰上、本宗の墓碑を建立し、また塔婆を建立できる等、正しく本宗の化儀に則った先祖供養を遂行し得る状況があるならば、これを建立すること自体は、本宗の信仰上、何の問題もないのである。

創価学会の今回の誹謗は歴史的に自己矛盾している 》
 ここで、本宗と創価学会におけるこれまでの他宗の寺院管理下の墓地使用の件について、過去の経緯をたどってみよう。宗内における墓地問題が特に顕著になったのは、昭和三十四年から三十六年頃のことで『大白蓮華』にもこの墓地問題を特集している。その中で秋谷城永氏(第五代栄之助会長)は、

『月に一万世帯を越える改宗者が出るという事は、敵にとって驚異であることはいうまでもない。これは仏教会共通の問題として、県仏教会、さらに全日本仏教会で(※創価学会)対策協議が重ねられた。そして離檀防止の最良の手段として考え出されたのが、墓を押えれば檀家は逃げられないとして、次々のその措置がとられた。そこで、昭和三十一年頃から一斉に県仏教会単位の動きとなり、新しい墓地規約ないし寺院規約を作って檀家の承認を求めて歩き出したのである。

 1、○○寺の墓地は○○寺の檀家のみが借用して使用する権利がある。
  1、信仰上の相違から檀徒でなくなった時は、速やかに墓地を他へ改葬して、跡地を管理者に引き渡さなければならない。
 1、三ヶ年の付け届けを納めず何の連絡もないときは、無縁とみなし、その使用権を取り消して、適当に処置することがある。

 というのが骨子である。これは明らかに墓地をもって改宗の自由を奪おうとした卑劣な手段である。そこで信仰上からは断固、これらの邪智を破るとともに国法律の上でも、この際(※他宗の)墓地の使用権を確認して、この不法な墓地問題を解決すべきであると、真剣に取り組んでいる。広宣流布途上の大きな歴史に残る闘争であることは、全学会員がはっきりと自覚すべき事であろう。』

 と言っているのである。今回の創価学会の誹謗記事によれば、以前のこうした創価学会の一連の指導も、謗法与同であったことになり、創価学会が草創期から行ってきた墓地訴訟も謗法だったいうことになる。当時の記事を『創価学会年表』によってみると、
○ 昭和三十五年三月八日
 厚生省、墓地・埋葬等に関する法律第十三条の解釈について、新しい基準を出す。改宗を理由に埋葬拒否はできないむねが明らかにされ、学会の正しさが裏付けられる。
○ 昭和三十六年二月十一日
 無断で墓地を移転した日蓮宗妙海寺(川崎)の住職、改宗を理由に埋葬・墓参などの妨害をしないむねの誓約書を書き謝罪。
○ 昭和三十六年八月八日
 真言宗東寺派の等覚院住職(神奈川県中郡)、改宗を理由に遺体埋葬を拒否。本部では渉外局から二人の局員を派遣し、警官立ち会いのもと無事に埋葬。
 等々と、学会員がこの問題に真剣に取り組んだ様子が伺われるが、今回の学会の主張をもってするに、この闘争は悉く無駄であり、徒労であったということになろう。他をあれこれ誹謗中傷する前に、創価学会は自らの過去の所行をよく思い起こすことが先決である。もとより学会の過去の所行が誤りであったといっているのではない。ただ、当時はさんざんにして他宗寺院に対して墓地に埋葬させろと争っておきながら、今度はたまたま日顕上人に関することが出てくると、まるで鬼の首を取ったかのように、「他宗管理の墓地を使用することは謗法だ!」などと、全く逆の事を掲載し中傷するのは明らかに自己矛盾であり、一貫性の無さを指摘しておく。今回の学会問題の焦点をぼかすために必死なのはわかるが、これでは他宗の物笑いの種になるのが落ちである。

《現在他宗寺院に墓のある学会員は謗法なのか?》
 現在創価学会員であっても、他宗寺院にある従来の墓地、あるいは他の宗教団体が経営する宗派を問わない霊園等に、本宗寺院の住職がしたためたお題目を墓石に刻んでいる方はたくさんいる。もし阿部家の墓が謗法ならば、それらの会員の墓も全て謗法という事になる。事実、今回学会が誹謗している墓地には、学会員で墓地を持っていた方が三軒あった。今回、学会に謗法の墓地呼ばわりされ、三軒とも脱会されている。

 日蓮正宗の信徒となった家で、従来の墓を処分して本宗寺院の墓地へ移転する事は信仰上結構なことであるが、しかし、日本の国土は非常に狭く、特に都市部では墓地として使用出来る土地の面積も限られている。広宣流布が進展するにあたって、もしも他宗寺院における従来の墓の使用を認めず、本宗寺院の墓地でなければ駄目だとしたら、将来広大な土地を占有する墓地公害となりかねない。さらに、新規に墓地を造成することは、現在のところ寺院においては簡単にはできないという、各都道府県の行政上の事情がある。これらのことからも、先に述べたように従来からある代々の墓に、お題目をしたためた墓石を建立して、日蓮正宗の信徒の墓と考えるのは当然のことである。

 大切な事は、墓地の管理者が誰かという事ではなく、きちんと日蓮正宗の化儀に則ってお題目をしたためた墓石を建立・開眼できるかどうかである。
 今回、御法主上人猊下が福島阿部家の墓碑にお題目をしたためられたのは、本宗の化儀に則られたお考えの上になされたことである。
 以上、阿部家の墓碑建立・開眼供養に関する創価学会の誹謗中傷は、遺族の厳粛な先祖供養の尊い真心を踏みにじる名誉毀損の暴言であることを指摘するとともに、当然のことながら日顕上人猊下のお振る舞いには、本宗の信心において一分の誤りもないことを明記して、中傷記事に対する破折とする。

問い①
日顕上人の御実家にあたる阿部家の墓は、日開上人の御代に建立されて、今でも大石寺の墓苑内にありますよ。それなのに、白山寺の墓が日顕上人猊下様の御実家のものであるかのように報道する。すでに、そこから事実を曲げているのですよ。おかしくないですか?

問い②
その上、日顕上人が新たに白山寺に墓を建立したように言っていますが、実際は、福島・阿部家の墓は白山寺裏の墓地に元々あったのですよ。どう思いますか?

問い③
総本山第九世日有上人の『化儀抄』をご存知ないのですか?
その第八十七条に、「縦(たと)い禅・念仏の寺・道場なりとも、法華宗の檀那施主等が之れ有らば、仏事を受くべきなり」とおっしゃっているのです。日顕上人が行なった墓石の開眼法要は、この『化儀抄』の御文のままに実行されたまでのことですよ。

問い④ 
墓がどこにある、ということよりも大切なのはその家その人の信心でしょ?学会もそう指導して来ませんでしたか?
きちんと南無妙法蓮華経と刻まれた墓石を建て、日顕上人がきちんと大導師をなさって、日蓮正宗の化儀に則った開眼法要がなされている、何の問題があるというのですか?

問い⑤ 
東京・大田区真言宗寺院・密厳院には池田大作さんの御実家の墓があります。学会の説からいけば、創価学会の名誉会長ともあろう者が、実家の墓を真言宗の寺院に残したままにしておくとは、謗法・無慈悲じゃないですか?

問い⑥
今や、学会員にとって日蓮正宗は邪宗でしょ?正宗の寺院の納骨堂や墓苑から、学会員は移るように指導されていますよね?しかし、池田大作さんのお墓は、まだ正宗の墓苑にありますよ。おかしくないですか?

問い⑦
阿部家の墓が謗法だと学会が誹謗している墓地には、三軒の学会員の墓地もありました。この方達は、全員この問題によって脱会されました。この現実をあなたはどう思いますか?