日顕上人が宗門を私物化したとの邪難を破す

《学会の戯れ言》


 宗門事件勃発直後、日顕(上人)は「流浪の身となり」「粥をすするようなことがあっても」(平成三年一月)と涙を見せたが、その陰で「粥をすする」どころか豪遊・放蕩の限りをつくしてきました。そこでの散財も、もとは学会員からの供養のみならず、全ての信徒や全国の末寺から巻き上げた供養です。

 【破 折】

①「粥をすするようなことがあっても」について,

 

日顕上人の御言葉 
    『平成三年一月十日 教師指導会』  

 『彼等が自ら反省したという証拠も色々と残っております。例えば、戸田先生の二十三回忌の時に発表した池田名誉会長の「恩師の二十三回忌に思う」というようなこと、それから、亡くなった北条第四代会長が創価学会として発表したものに実にはっきりと残っております。また『大白蓮華』に載せられた教材の中には「三宝を敬う」ということがある。法主のみならず、法主によって袈裟・衣を授けられた僧侶までが三宝の一分であり、これを尊敬し尊重し、供養していかなければならないということをはっきり言っております。それはみんな文献に残っています。

 それにもかかわらず、最近、また何か変なふうになってきてしまったわけです。それは、一貫して見ると、全部、池田名誉会長の仏法に対する考え方が元になっているように思うのであります。一番最初の正本堂の意義付けも、それから五十二年路線もそのとおりであり、さらに今度は、本当か嘘かは知らないけれども、「五十二年路線で揚げ足を取られ失敗したから、今度は絶対に揚げ足を取られない」というように言っているという噂を漏れ聞きましたが、そのようなつもりで、絶対に尻尾を掴まえられないように会員全部を洗脳しつつ、それで自分の手下にして、宗門もその中に巻き込んでしまおうと考えているらしいのです。本当はこのような流れなのです。みんな、この辺をよく考えてもらいたい。

 はっきり言えば、「法主は本尊書写係、法要係の長」ぐらいのところで、一切が創価学会の傘下に入るような形で、創価学会の顔色を見なければ何も言えないというような状態になったら、私は本当に大聖人様や御先師に申しわけないと思うのです。皆さんにそこを解っていただきたい。

 たとえ将来、本山の参詣者がなくなって、粥をすするようなことがあっても、私は正義は正義として立てていこうと思って、今回、この問題に踏み切ったわけである。是非、その根本的なところから考えていただいて、今後、宗門の僧侶として、宗務院の指示によって、きちんとした根本信念を持って、堂々と相手の誤りは誤りとして正し、また僧侶が無道であるとか非道であるというようなことも当然、彼等は言ってくるであろうから、その辺もよくわきまえつつ、正しく振る舞って、そして、「あの人達全部を、その堕ち込んだ執着から解き放し、大慈悲をもって正しい信心の眼を開かせよう」という気持ちで、大慈悲の言葉をもって対処していくことが大切と思うのであります。』

 学会員は、切り文で日顕上人の御言葉を揶揄するが、御指南の全文を読んだことがあるのか?

 なぜ、「粥をすするようなことがあっても」と御指南されたか考えた事があるのか?

 上からの一方的な情報に踊らされ、物事の道理が分からずに、ただ日顕上人を嘲笑っているが、まさに犬や狐が師子王を笑っているに過ぎない。

 日達上人の言葉に

広宣流布広宣流布と言っても、間違った考え方によって広宣流布しても、そのようなものは本当の広宣流布ではないのです。」

と、かつて学会の謗法路線の時に御指南されたが、大聖人の教義が正しく広まってこその広宣流布である。 ペンダントのニセ本尊をぶら下げ、「センセー」と三色旗を振りまわす学会員が何人増えようと、広宣流布とは言わない。

 

『はっきり言えば、「法主は本尊書写係、法要係の長」ぐらいのところで、一切が創価学会の傘下に入るような形で、創価学会の顔色を見なければ何も言えないというような状態になったら、私は本当に大聖人様や御先師に申しわけないと思うのです。皆さんにそこを解っていただきたい。』

日顕上人が仰せになられたのは、決して被害妄想でも何でもなく、昭和四十九年当時、北条浩より池田に対して報告・進言された。

 

『長期的に見れば、(宗門と)うまくわかれる以外にないと思う。本質はカソリックプロテスタントのような違いである。戦術的には、すぐ決裂状態となることは避け(中略)やる時がきたら、徹底的に斗(たたか)いたいと思います。』(※北条報告書)

との文章に明らかなように、一般会員の知らぬ所で、学会首脳は機会を見ていたのである。

 昭和五十六年七月、創価学会第四代会長・北条浩が、自宅浴室で入浴中、心筋梗塞を起こし、そのまま五十八才で急死してしまうのであるが、仏法に照らしこれがどういう意味を持つのか考えてはいかがか。

 そして今回、平成に入って池田大作は、御法主日顕上人猊下の御発言を封じ、宗門を思うがままに操ろうと試みるも、宗門より予想以上の強い抵抗を受けた。さらには、御法主上人より直接お叱りを蒙ったことで、完全に挫折する結果となったのである。

 その後の学会の行動など、日顕上人はお見通しであったが為に、『たとえ将来、本山の参詣者がなくなって、粥をすするようなことがあっても、私は正義は正義として立てていこうと思って、今回、この問題に踏み切ったわけである。』と、宗内僧侶に話されたのである。

 さらに此処で忘れてはならないのが、

 

『正しく振る舞って、そして、「あの人達全部を、その堕ち込んだ執着から解き放し、大慈悲をもって正しい信心の眼を開かせよう」という気持ちで、大慈悲の言葉をもって対処していくことが大切と思うのであります。』

との、日顕上人の御慈悲の御言葉である。

 池田大作の、

 

『威張りくさりやがってねェ、ほんとにブン殴って(笑い)、あのー、まぁ日顕なんか、その代表だっていうんだ。ほんな、針金(はりがね)でゆわえて、あの頭、トンカチでぶっ叩いてね。』(青年部幹部会・平成四年十二月十三日)

という指導のどこに、慈悲があるというのか?血気盛んな若者に、暴力を振るうように教唆する池田。それを笑って受け容れる会員。異常である。

②豪遊・放蕩とは?

 豪遊・放蕩とは何を指すのか?放蕩とは、酒や女遊びに耽っている様を指す。

 俗に言う「芸者写真」を指すものだと思われるが、日顕上人は、当時の正宗僧侶に、古稀の祝いにご夫人同伴で招待されただけである。それが料亭であり、芸者衆が呼ばれていただけである。それは、呼んだ側が勝手に段取りをしただけの事である。

 これで、豪遊・放蕩と言いがかりをつけられても、ご夫人同伴のただの会食である。

 どうも学会員は、芸者というと場末の温泉旅館の枕芸者しか思い浮かばないらしいが、それ自体、発想が下劣で職業蔑視であり、醜い根性丸出しである。

 しかも、この宴席にいた離脱坊主が、スナップ写真を学会に持ち込み、学会は写真を偽造したあげく、あたかも日顕上人がお一人ででかけられ、多くの芸者を侍らしているように報道した。

 この事件は、その後、東京高裁の判決においても、

「本件写真は(中略)阿部日顕一人が酒席で芸者遊びをしているとの実際の状況とは異なった印象を抱かせるのに十分であり、これをもって客観的な報道ということはできず、修(しゅう)正(せい)の限度を超えている」

とし、さらにこうした創価学会側の報道について、

「正当な言論や論評の域を超え、単に阿部日顕を揶(や)揄(ゆ)し、誹謗、中傷するものとして、違法性を有する」

と明確に判断されているのである。

 高裁で「違法性を有する報道をした」とまで言われた、創価学会を恥じるべきではないのか?
 

 要するに、学会にとっては日顕上人像が「堕落した僧侶」でなくては困るから、必死で会員を洗脳しているに過ぎない。哀れなものである。

③供養を巻き上げられたという感覚

 御供養とは、本来、大聖人様が御書にお述べ遊ばされている「志」「貧女の一灯」「砂の餅」の精神でさせて頂くものである。○○してやったというのは御供養とは言わない。

 しかも、供養とは仏様にさせていただくものであり、御本尊様からその尊い志にたいし、功徳を学会員もかつては頂いていたはずである。

 日寛上人は

「かならずかならず信の一字こそ大事にて候。たとえ山のごとく財をつみ候ひて御供養候とも若し信心なくばせんなき事なるべし。たとへ一滴一塵なりとも信心誠あらば大果報を得べし」

と仰せである。

 学会が五十二年度路線の反省懺悔の証として、「二〇〇ヵ寺建立」を宗門に申し出た時には受けたが、途中で学会が「二〇〇ヵ寺建立は契約ではない」と言い出したので、百十一ヵ寺建立された時点で、「そのような考えならもう結構です。」と宗門は断られたのである。

 あくまでも、学会破門は護法の一念なのである。学会の供養が欲しいのなら、寺院寄進も供養も黙って受け取っていれば良い訳で、広布基金で優雅に生活している似非宗教者には、この一念が理解できないらしい。

 

【学会員への質問】

問い①

 日顕上人を指して、豪遊・淫蕩と言うが、何を根拠に言うのですか?

問い②

 写真偽造事件で、創価学会は高裁から「本件写真は(中略)阿部日顕一人が酒席で芸者遊びをしているとの実際の状況とは異なった印象を抱かせるのに十分であり、これをもって客観的な報道ということはできず、修(しゅう)正(せい)の限度を超えている」とし、さらにこうした創価学会側の報道について、「正当な言論や論評の域を超え、単に阿部日顕を揶(や)揄(ゆ)し、誹謗、中傷するものとして、違法性を有する」と言われていますがどう思いますか?

問い③

 日顕上人が料亭に行かれたのもけしからんというのなら、池田大作が、三十代の若い頃より頻繁に料亭を使うのは問題ないのですか?池田がよくて日顕上人はだめだという根拠を示して下さい。

問い④

 御供養とは、信心の発露によって行われる大切な修行であり、してやったとか巻き上げられたという感覚は、大聖人様の仰せから外れていませんか?

 【備考 ※北条報告書は本物である】

 『北条報告書』には『本山をうまく取り込むか、時が来たら徹底的に闘う。所詮、学会と宗門はカトリックプロテスタントのようなもの』という、信仰心のカケラもない、あまりにも衝撃的な内容が、池田大作に進言されている。

 しかし、聖教新聞の「お答えします」の欄に、「これは北条副会長が、当時の日達上人にお目通りした折りの記録並びにこれに関連した感想等を記したものです」(昭和五十四年十二月一日)と、学会もその存在と内容を認めていたのである。