六七日の意義

⑥変成王(へんじょうおう)六七日(むなのか)。本地・弥勒菩薩
亡者の悪を責め、善を行う事を勧める。

この王の所に行き着くには「鉄丸所(てつがんじょ)」という河原を越えなければならない。無数の丸い大石が互いに転がりながらガツンガツンとぶつかり合う中を、鬼にせかされながら行くが、挟まれて身が砕け元通りになりまた、砕かれして七日七晩かけて大王の前に着く。

大王は三本に別れた道を示し、好きなところを選んで歩けと命じる。三本のうち一本だけが「善の道」なのだが、
どうしても他の道を選んでしまう。まれに「善の道」に入ると急に地面から煮え立った銅が吹き出して罪人を焼き尽くす。いつまでもらちがあかない。助かるには追善の善行の力でこのどうどうめぐりを断つしかないのだ。

まさに、大王以下の獄卒までも歓喜させる妙法を唱えかけられ、丁寧な追善を贈られて、その場で苦を抜け出す者は幸いにして悦びに充ちるであろう。