三七日の意義

③宋帝王(しょうたいおう)。三七日(みなのか)。本地・文殊菩薩
邪淫の罪を糾(ただ)す。この王に行き着く前に「関」がある。名付けて「業関」という。関守(せきもり)の鬼がいて言うには「関役(せきやく)を早く出せ。」と。

「私は自分が息絶え、眼を閉じて死ぬ時に、私物は皆、捨て置いてただ一重(ひとえ)着て来ました。その衣服も三途の河を渡った時に取られて見ての通りなにもありません。お願いですから通して下さい。」と懇願するが、じろじろとそのからだを見て、
「さんざんに悪さをしてきたお前の手足があるではないか。」と、鉄板を出し、いきなり手足をぶつ切りにして、鉄の板の上に並べるのだ。肝を冷やし気も失せるが、気がつけば影のような手足がふるふるとはえてきて自分から歩くでもなくただ、風に吹かれて、この大王の前に座る。(よく幽霊の図画で足や手がないのはこれに拠る。)

そして大王はおもむろに、罪人の罪の詳細を読み上げ始める。その声は途方もなく大きく耳をつんざくばかりで雷が鳴り響くよりもすさまじい。身をふるわせながら、うつぶして、ただ悲しみに満ちながら聞き続けるが耐えられない。
「私の家族や友人が娑婆にいます。私の為に、追善をしてくれると思いますので、しばしのご猶予を下さい。」と願う。これに対し大王は、「よし、しばらく待つ事にする。」と言う。大王以下の獄卒までも、歓喜させる妙法を唱えかけられ、丁寧な追善を贈られて、その場で成仏をとげる者は、きわめて、まれである。