二七日の意義

②初江王(しょうこうおう)二七日(ふたなのか)。本地・釈迦如来
亡者が三途の河(氷温水)を渡るのを監視する。渡る箇所が三つある事からこの名があり、瑠璃荘厳の豪華な橋(一)を渡れる者は極めて少なく浅瀬続き(二)で行く者もいるにはいるが、猛濁流のさなか(三)流石流木に身を砕かれながらも、いちいち元通りになり、極冷の川底と川面を、浮きつ沈みつあえぎながら、対岸をめざす者が多い。

七日七晩かけて渡ると大木が岸にあるのが見える。その枝々にかかるのは、無数の亡者が着てきた白装束である。樹の上と樹の下に鬼がいて、下の鬼がはぎ取り、上の鬼が受け取って枝にかけているのだ。こうして、裸のままでこの王の前にひざまずくと、この王が、
「お前は生きていた間にどのような善い事をなしたのか?申してみよ。」という。

黙り込むしかない亡者は、くりかえし問いつめられて、もしかして逃れられるかも、と思い、「実は、忘れてしまいました。」と答えてみる。すると大王は巻物を取り出しておもむろに広げると、そこには、大王に仕える二神によってそれぞれ亡者の生前の罪と善が別々にあますところなく事細かに記述されている。

読み始めるとつくづく我が身のうらめしさで、耳をふさぎたくなる。その姿に大王が獄卒に「早々に地獄へやれ」と命じるので、あわてふためいた亡者は、泣きながら
「私の家族や友人が娑婆にいます。私の為に、追善をしてくれると思いますので、しばしのご猶予を下さい。」と願う。
これに対し大王は、「よし、しばらく待つ事にする。」と言う。

この大王は王の中でもことの他、慈悲深くやさしい。なぜならその正体本地は、お釈迦様なのだから助けてあげたいとの思いを持っておられるのである。しかしいくら仏さまでも、罪業が原因で報いが結果として出るのは、道理なのだから、いかんともしがたいのは当然である。だから父母が病の子供を思うように、様々な教えを説いて、その後に本来の目的である「法華経」を最後にあらわして、すべての人々が、仏の道に入るようになさったのである。
さて、今か今かと待っていても追善のきざしもないので、娑婆をのぞいてみれば、残っている家族などは、自分の目先ばかりを見て、あとの暮らし向きの事ばかり話し合っている。あげくに遺品等の扱いに心うばわれ、仏さまのために善を成すのさえ、惜しむ気持ちで打算している者もいる始末だ。

思えば、生きている時にその者達のために、罪を犯した事だってあったのにと、ただただ怨みが湧くばかりである。ことここに至って、大王は、その残っている者達の振る舞いをごらんになって、ある者は即座に地獄に送り、ある者は次の大王に送られる。

大王以下の獄卒までも歓喜させる妙法を唱えかけられ、丁寧な追善を贈られて、その場で成仏をとげる者は、ほとんどいない。