初七日の意義

本日の御住職様の法話の中に、死後の死相の色によって来世の境界を知ることが出来る、というお話がありました。

「黒色は地獄。青色は餓鬼。赤色は畜生。黄色は修羅。白色は人間。美白は天上界。」

昨年に父が死んだ時、真っ黄色のむくんだ顔を見て、むせび泣いたことを思い出しました。

その時にインターネットで調べまくって、臨終に際し父が修羅の果報を現じていた事は以前の日記に書きました。そして、日蓮正宗の御僧侶による通夜式・葬儀を経て美白の相に変わり、頬にピンクの赤みまでがさしたことも書きました。本当に感涙にむせび泣くとはあのようなことなのでしょうね。

その通夜式で執事様から、初七日から四十九日までの七日ごとの追善供養の大事を教えていただき、全て御塔婆供養させていただくことが出来ました。そして百箇日法要・一周忌まで修了させていただいています。

その時にお聞きしたお話が、すごく良かったのでご紹介したいと思っておりましたが、その出典を知ることができずにおりました。

先日の支部総登山での帰りのバスの中で、さる御婦人の方が七日ごとの法要の大事を語っておりまして、それが「十王讃嘆抄」であると仰っているのを聴き、早速調べてみました。平成新編御書では、真偽未決書として掲載されておりません。

それでも仏教のお話の一つとして、ご紹介したいと思います。父の遺体に着せた白衣に、お題目・如説修行・功徳甚多のお文字が書かれていましたこと、本当に感謝いたします。その意味も分かりますので、この中日の日に秋の夜長の寝物語にしてください。

十王経で説く冥界の十人の王の事
         
人間はその死の直後から暗黒の闇に包まれた茫洋たる野原(中有冥闇)に、ただ一人立たされて、「冥途の旅」を開始する。そして亡者は生前におかしたさまざまな罪業を、初七日から四十九日(七七日なななのか)までは七日おきに、それから三年までの間、次第に「十王」に依って裁かれ、その罪の軽重によって来世出生の処を断じられていくという。

ただし、極悪非道なる者はただちに、無限落下して即座に地獄に堕ちて行き、極善尊貴な人は、ただちにそのまま即座に成仏するので、この旅はないという。

「十王」はそのいずれも外見は、極道憤怒のすさまじい顔を現じているが、その正体本地は、皆、諸仏菩薩様であり、内に「大慈悲」を持(たも)っている。
ゆえに、娑婆世界に残った人々が、故人のために、仏様に「善」の行いをたてまつる事で、おおいに歓喜するという。これを「追善」といい「回向」の行とするのである。

①秦広王(しんこうおう)初七日。本地・不動明王
心細くさまよい、思いあぐねながらも、引き返すも行く末もさだかではなく方向も分からず、だからといって道を教えてくれる人もあらわれず、ふらふらと悲しみにくれながらも歩いているうちに、この王にたどりつく者もある。これは、罪の浅深によるものらしい。

やがて、最初の難関、巨大な「死出の山」にさしかかる。この山は、冷たく硬い岩で出来ており、けわしい急斜面は、剣のような大小の岩のかどだらけであり、これを、鬼たちにせかされながら、七日七晩かけて越えて行かなければならないのである。

越えて行き着く処にこの大王がいる。そして亡者をまじまじと見て言うには、「またこりもせずに来たのか。思えばお前が娑婆に還る時、鉄棒で後ろから三回、獄卒に打たせて、人間として還ったならば、素直に仏道修行して成仏するんだぞ、もうこんなところには来るんじゃないぞ、とあれほど言い含めたにも関わらず、なさけないことだ。なぜ求道せずに、いたずらに時をすごしてまた来てしまったのか。」と。

これに亡者は
「そうはおおせでありますが、もとより徳もなく、さしてめぐまれた環境にも生まれませんでした。また在家でもありましたし、おおせのような修行は思いもよらなかっただけです。ただただ、この身自身のつたなさをうらめしく思います。あやまちは、犯してはおりません。」と、応える。

これに対し大王は、おおいに怒りを覚え、そして
「ああ、お前のその理屈が通ると思えるのか、在家だからと言って、仏に成るべき道を願う事に、何の違いがあるというのか、成仏の修行に何のめぐまれた環境や、才覚や才能が必要なのか、お前は、後世(ごせ)(死後)という事を忘れ果て、不当な心や自分の考えのみで、生きて来てしまったからこそ今ここに座り込んでいるではないか。もしこの上まだ、何か詳しい訳があるのならば、申してみよ。」と問いかける。

黙り込むしかない亡者に、
「今の今まで、はばかることもなく道理めいた事を並べておったのにどうして今になって返事をしないのか。なぜ、答えないのか。」と詰め寄るように責めたてられる。

この時に、はじめて亡者は、「これはただごとではない」と気づき、真に後悔の念を覚えるのだ。しかし、後悔先に立たずである。そして、次の大王へと、追いやられる。