護法という言葉をよく聞ききますが、その本当の意味はなんでしょうか?

大白法・平成13年3月16日刊(第569号より転載)教学用語解説(68)


護(ご)  法(ほう)

 「護法」とは、仏法を護持することをいいます。
 私たち法華講員にとって「仏法」とは、日蓮大聖人の末法下種・三大秘法の大正法であり、これを「護持」するということは、日蓮大聖人の教えを固く受持し、令法久住・広宣流布に向かって折伏弘教に励み、日蓮正宗を外護していくことです。
 
 護法には内護と外護がある

 護法には、伝持付嘱をもってなされる「内護」と、守護付嘱をもってなされる「外護」の二つがあります。
 涅槃経に、
 

「内に弟子有って甚深の義を解(さと)り、外には清(しょう)浄(じょう)の檀越(だんのつ)有って仏法久(く)住(じゅう)せん」


と説かれているように、護法は僧俗の和合一致によらなければ、その目的を正しく全うすることはできません。
 内護とは、「内には弟子有って甚深の義を解り」とあるように、内にあって正法を護る御僧侶の立場をいいます。
 日蓮正宗における伝持付嘱とは、日蓮大聖人以来、歴代御法主上人の法水(ほっすい)瀉瓶(しゃびょう)、唯授一人の血脈相承によって、法統連綿として伝えられるところの法体・法門の伝持をいいます。
 そしてまた、日蓮正宗の御僧侶が御法主上人猊下師弟不二の信をとって、甚深の正法正義の極理(ごくり)を学びつつ、伝法・伝持していく姿勢をいいます。唯授一人の血脈を伝持あそばされる、時の御法主上人猊下に信伏随従し奉り、確固たる信念と絶対無比の法力を得て、教法の研鑚錬磨、言論・文筆をもって正法の興隆に努(つと)めることを内護というのです。
 次に、外護とは、「外には清浄の檀越有って仏法久住せん」とあるように、外から正法を護る信徒の立場をいいます。
 僧団の外にあって、経済的な財力、勢力をもって仏教を保護すると共に、種々の障害を除いて令法久住し、布教伝導の便宜を図ることをいいます。
 私たち法華講員が、それぞれの仕事や家庭生活を営む上において、本門戒壇の大御本尊を根本に、時の御法主上人猊下の御指南のもと、純粋な信仰心をもって折伏、唱題、御供養等に励み、広布の進展を図っていく姿勢を外護というのです。
 このような内護と外護を「二護」ともいいます。
 
 内護と外護は鳥の両翼、車の両輪

 内外一体の護持は、鳥の両翼、車の両輪のように、立場を異にする僧俗の二者が、互いに信頼し合い、尊敬し合いながら、よく自身の本分を全うしてこそ、護法の目的が達せられるのです。
 法華経の『見宝塔品』に、
 

「諸(もろもろ)の仏子(ぶっし)等(ら) 誰か能(よ)く法を護(まも)らん 当(まさ)に大願を発(おこ)して 久(ひさ)しく住(じゅう)することを得せしむべし」(法華経 350頁)


と説かれているように、仏弟子の流類たる私たち僧俗は、互いに力を合わせて、令法久住、正法弘通のために大願を発(おこ)し、さらに精進することが必要です。
 私たちが日蓮大聖人の三大秘法の仏法を信ずる身となることができたのは過去からの宿縁のいたすところであり、それは日蓮正宗の一門として広宣流布、令法久住の使命を遂げんがためであり、そのために、まずもって自分自身が正法護持への決意を固めるべきです。
 日蓮大聖人が、
 

「大願とは法華弘通なり」(御書 1749頁)


と仰せられ、また日興上人が『遺誡置文』に、
 

「未だ広宣流布せざる間は身命を捨てゝ随力弘通を致すべき事」(同 1884頁)


と示されているように、三大秘法の広宣流布は御本仏の御命(ぎょめい)です。故に、我々は身命を賭(と)して日蓮大聖人の大正法を弘通していかなければなりません。
 
 護法の功徳

 日蓮大聖人は『開目抄』に、
 

「涅槃経の疏に云はく『出家・在家、法を護らんには、其の元心の所為を取り、事を棄(す)て理を存して、匡(まさ)しく大経を弘む、故に護持正法と言ふは小節に拘(かかわ)らず、故に不修威儀と言ふなり』」(同 575頁)


と、僧俗を問わず正法を護持せんと折伏を行ずる者は、戒律等の威儀を修めずとも、それは立派に護法の人であることを仰せられています。
 また、護法の功徳については『佐渡御書』の中で、
 

「及び余の種々の人間の苦報現世に軽く受くるは、斯(これ)護法の功徳力に由る故なり」(同 582頁)


との般泥洹(はつないおん)経の文を引かれ、正法を信受する護法の功徳によって謗法の宿業を転じて軽く受け、現世の苦を免れ、その重罪を消滅することができると御教示されています。
 日蓮正宗は、本門戒壇の大御本尊を奉りて七百二十二年、厳として謗法を許さず、宗祖日蓮大聖人の正系の法統を継がせ給う御開山日興上人の嫡流として、厳粛に信行を続けてきた宗門です。
 

日蓮が一類は異体同心なれば、人々すくなく候へども大事を成じて、一定(いちじょう)法華経ひろまりなんと覚へ候」(同 1389頁)
 「よき師とよき檀那とよき法と、此の三つ寄り合ひて祈りを成就し」(同 1314頁)


と御指南のように、私たち僧俗は、唯授一人の血脈を承継あそばされた御法主上人猊下の御指南を拝し奉り、内護・外護の両面より一致団結、異体同心して日蓮正宗の正義を令法久住、広宣流布していかなければなりません。
 御本仏日蓮大聖人の大慈大悲を常に拝しつつ、私たち日蓮正宗の僧俗は、正法正義による世道人心の救済のため、心を合わせて固い団結のもとに、明年の法華講三十万総登山達成に向け、本年の折伏誓願貫徹、奉安堂建立御供養に精進してまいりましょう。