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フレブル君日記

フレブルはゆるいよ

八風

大白法・平成9年10月16日刊(第488号より転載)教学用語解説(32)


八(はっ)  風(ぷう)

 八風とは、『仏地経論』等に説かれたもので、仏道修行者の心を動揺させ、修行を妨(さまた)げる八種の風をいい、八法とも呼ばれます。
 その八種とは、利(うるおい)・衰(おとろえ)・毀(やぶれ)・誉(ほまれ)・称(たたえ)・譏(そしり)・苦(くるしみ)・楽(たのしみ)をいい、これによって心が定まることなく揺らぐために、風になぞらえて八風といいます。
 『仏地経論』に、
 

「可意(かい)の事を得るを利と名け、可意の事を失ふを衰と名け、現ぜざる誹撥(ひはつ)を毀と名け、現ぜざる讃美を誉と名け、現前の讃美を称と名け、現前の譏撥(きはつ)を譏と名け、身心を逼悩(ひつのう)するを苦と名け、身心を適悦(てきえつ)するを楽と名く」

と説かれています。
 「利」とは経文に説かれているように、あらゆる物が自分の意のままになることです。金銭的・物質的、あるいはそれに準ずる利益が思いのままに手に入ってくることをいいます。「衰」とは自分の意のままにならないことで、先の「利」に対し、あらゆる福徳を損なうことをいいます。「毀」とは自分の知らないところで悪評を受けること、「誉」とは自分の知らないところで讃られることです。名聞名利・名誉欲に執着することもこれに当たります。「称」は自分の目の前で他人から称賛されること、「譏」は目の前で毀(そし)られることをいいます。「苦」は身心が押さえ込まれて苦悩を味わうこと、「楽」は本道を忘れ一時的な享楽(きょうらく)に耽(ふけ)ることをいいます。
 この八風を大別すると「四(し)順(じゅん)」と「四違(しい)」とに分けられます。四順とは利・誉・称・楽の四つで、その人にとって好ましく、喜ばしい気持ちになるものであり、誰もが好む誘惑といって良いでしょう。そして四違とは衰・毀・譏・苦の四つで、厭(いと)わしく、意気消沈してしまう気持ちになるものです。
 一切衆生は常に四順を欲し、四違を忌諱(きい)するゆえに、八風に侵されながら生き続けているといっても過言ではありません。
 日蓮大聖人は、『四条金吾殿御返事』に、
 

「賢人は八風と申して八つのかぜにをかされぬを賢人と申すなり」(御書 1117頁)


と、世間の利害や毀誉(きよ)褒貶(ほうへん)に一喜一憂せず、八風が吹いても微動だにしないのが賢人であると御教示され、続いて、
 

「此の八風にをかされぬ人をば必ず天はまぼ(守)らせ給ふなり」(前 同)

と、八風に影響されない人には必ず諸天善神の加護があることを明らかにお示しです。
 賢人とは一往、人徳のある人といえますが、再往の正意は三大秘法の大御本尊を正直に受持信行する人のことです。
 私たちは御本尊をしっかりと受持し、御法主上人猊下の御指南を身口意の三業の上から正直に拝していくことが肝要です。その実践にこそ、根のしっかりとした、八風に紛動(ふんどう)されない強盛な信心が築かれるのです。