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フレブル君日記

フレブルはゆるいよ

変毒為薬

大白法・平成8年9月16日刊(第463号より転載)教学用語解説(20)


変毒(へんどく(為(い(薬(やく(

 変毒為薬は「毒を変じて薬と為す」と読みます。毒をそのまま薬に変えるという妙法の功徳を譬えたものです。

 竜樹菩薩の『大智度論』に、
 

「譬へば大薬師の能く毒を変じて薬と為すが如し」


また、
 

「小薬師は薬を以て病を治す、大医は大毒をもって大重病を治す」


等とあるように、本来、薬と毒は相反する関係にありますが、勝れた薬師は毒を調合して薬として作用させ、病を治療します。竜樹菩薩は、衆生の生命の濁りや迷い、欲望などの煩悩を毒に譬えて、これらの煩悩を断じないまま悟りの境界に至らしめるという『法華経』の功徳を讃えたのです。

 爾前諸経では、菩提を得るためには無量劫という長い期間を要して修行し、そして煩悩を断じ尽くさなければならないと説きました。しかし、『法華経』に至って一念三千の法門が説き出されたことにより、煩悩と菩提は共に衆生の十界互具に具わる生命であり、本より相即して不二の関係であることが開顕されたのです。

 すなわち、名医は毒を用いて強力な薬を作りますが、それと同様に釈尊は、煩悩という毒を断ずるのではなく、むしろそれらを用いてそのまま成仏せしめるという妙法の良薬を衆生に与えられました。

 その妙法の肝要を釈尊より受けられた日蓮大聖人は、『始聞仏乗義』に、
 

「毒と云ふは何物ぞ、我等が煩悩・業・苦の三道なり。薬とは何物ぞ、法身・般若・解脱なり。『能以毒為薬』とは何物ぞ、三道を変じて三徳と為すのみ。天台云はく『妙は不可思議に名づく』等云云。又云はく『夫(それ(一心乃至不可思議(ふかしぎ)境(きょう)の意此(ここ)に在り』等云云。即身成仏と申すは此是(これ(なり」(御書 1208頁)


と仰せられているように、一往竜樹、天台等の釈文を用いつつ、煩悩・業・苦の三道(毒)が法身・般若・解脱の三徳(薬)と転じる妙法の即身成仏の功徳を明かされています。

 つまり、『四条金吾殿御返事』に、
 

「欲をもはな(離)れずして仏になり候ひける道の候ひけるぞ」(御書 1287頁)


とあるように、迷いや欲望という毒を断ぜずに、凡夫そのままの当体において成仏するということです。

 その行法とは、『当体義抄』に、
 

「正直に方便を捨て但法華経を信じ、南無妙法蓮華経と唱ふる人は、煩悩(ぼんのう)・業(ごう)・苦の三道、法身・般若(はんにゃ)・解脱(げだつ)の三徳と転じて」(御書 694頁)


とあるように、正直に邪法邪師の邪義を捨てて、『法華経』の肝要である文底下種の南無妙法蓮華経の御本尊を受持することです。

 私たちは、日々の信心生活において、常に「変毒為薬」の功徳を御本尊からいただいていることを自覚し、歓喜勇躍して信心修行に精進することが大切です。