フレブル君日記

フレブルはゆるいよ

本門の戒壇

大白法・平成16年10月16日刊(第655号より転載)教学用語解説(95)
 
 戒壇の起源と歴史
 
 戒壇とは、授戒を行う場所のことをいい、その起源は、釈尊在世に、授戒のために土を高く盛り上げて壇を築いたことに始まります。中国においては、宋(そう)の時代、求那(くな)跋(ばつ)摩(ま)が南林寺前の竹園に戒壇を設けたことが伝えられており、日本では奈良時代鑑真(がんじん)が東大寺に小乗の戒壇を築き、聖(しょう)武(む)天皇等に授戒を行ったことが始まりです。続いて、下野国薬師寺筑紫国観世音寺戒壇が建立されました。これに対して、平安時代には伝教大師最澄(さいちょう)がインド・中国に建てられたことのなかった大乗戒壇を比(ひ)叡山(えいざん)に初めて建立しました。

 しかしながら、これらは釈尊の熟(じゅく)脱(だつ)仏法における戒壇です。末法今日においては、大聖人御建立の本門の本尊御安置の場所がそのまま戒壇であり、これを「本門の戒壇」と称するのです。
 
 戒について
 
 戒壇の戒は、一般に戒律といいます。戒律というのは、戒(かい)定(じょう)慧(え)の三学の一つで、仏道を正しく行ずるために「防(ぼう)非(ひ)止(し)悪(あく)」、すなわち「非を防ぎ悪を止める」ことをいいます。法華経においては、余経を捨てよと誡(いまし)める誡門(かいもん)と、法華経を受持せよと勧(すす)める勧門(かんもん)の二義があります。すなわち『方便品』に、
 

「正直に方便を捨てて」(法華経 124頁)


と説かれ、『譬喩品』にも、
 

「余経の一偈(いちげ)をも受けざる有らん」(同 183頁)


とあるように、爾(に)前権(ぜんごん)経(きょう)に説かれる教義や修行を用いてはなりません。また『宝塔品』に、
 

「此(こ)の経は持(たも)ち難(がた)し 若(も)し暫(しばら)くも持つ者は 我(われ)即(すなわ)ち歓喜(かんぎ)す 諸仏も亦(また)然(しか)なり 是(かく)の如(ごと)きの人は 諸仏の歎(ほ)めたもう所なり 是(こ)れ則(すなわ)ち勇猛(ゆうみょう)なり 是れ則ち精進なり 是れ戒を持ち頭陀(ずだ)を行ずる者と名づく」(同 354頁)


と説かれているように、法華経を受持することが「戒」であり、それがそのまま頭陀行、すなわち煩悩(ぼんのう)を滅する修行になると説かれているのです。この法華経受持の一行に戒定慧の三学を倶(とも)に伝えるのであり、そこに一切の爾前権経の諸戒に対する根本戒としての意義が具(そな)わります。

 しかし、この法華経は諸法実相(しょほうじっそう)の理の一念三千の妙法にして、熟脱の機における理戒であり、末法においては日蓮大聖人が説き明かされた久(く)遠(おん)元初(がんじょ)の妙法を事相の上に建立された本門戒の戒法・戒行こそが事戒となります。すなわち爾前迹(しゃく)門(もん)の謗法を捨てて、大御本尊を唯一受持信行することが本門の戒行なのです。

 この御本尊受持の行法は、本尊安置の場所においてなされるのですから、その場所を戒壇といい、本門の本尊を安置して信行に励む道場が本門の戒壇になるのです。
 
 事の戒壇
 
 迹門の理の戒壇に対して本門の本尊の在(ましま)すところを本門の事の戒壇と称し、その根源の法体が三(さん)秘(ぴ)総在(そうざい)・本門戒壇の大御本尊です。

 本門の戒壇には「事」と「義」の意義が存します。事の戒壇とは、一つには『三大秘法抄』に、
 

戒壇とは、王法仏法に冥じ、仏法王法に合して、王臣一同に本門の三秘密の法を持ちて、有(う)徳(とく)王(おう)・覚徳(かくとく)比丘(びく)の其の乃往(むかし)を末法濁悪の未来に移さん時、勅宣(ちょくせん)並びに御(み)教(ぎょう)書(しょ)を申し下して、霊(りょう)山(ぜん)浄(じょう)土(ど)に似たらん最勝の地を尋ねて戒壇を建立すべき者か」(御書 1595頁)


と仰せられる広宣流布達成の暁(あかつき)に建立される戒壇をいいます。

 もう一つは、広宣流布が達成される以前においても、戒壇の大御本尊の在す所は、そのまま事の戒壇に当たるというものです。本門戒壇の大御本尊は、日蓮大聖人の事の一念三千の御当体であり、広宣流布の根源の法体です。その意より、大御本尊在す所は、未(いま)だ広宣流布が達成されていなくても、現時における「事の戒壇」と称せられるのです。
 
 義の戒壇
 
 次に「義の戒檀」について、日寛上人は『報恩抄文段』に、
 

「本門の戒壇に事(じ)有り、理有り。理は謂わく、道理なり。亦(また)義の戒壇と名づけん。謂わく、戒壇の本尊を書写して之を掛け奉る処(ところ)の山々寺々家々は皆是れ道理の戒壇なり」(御書文段 469頁)


と御指南されています。つまり所属寺院や信徒宅等、本門の本尊安置の所は、義理が事の戒壇に当たるので「義の戒壇」、もしくは「理の戒壇」と称せられます。

 ただし、唯授一人(ゆいじゅいちにん)の血脈(けちみゃく)を紹継(しょうけい)する日蓮正宗から離れるならば、たとえ大聖人御真筆の御本尊や、御歴代上人御書写の御本尊を安置していたとしても、事の戒壇に通じる血脈も意義も断絶するために「義の戒壇」とはならず、即身(そくしん)成(じょう)仏(ぶつ)の功徳を成ずることはないのです。
 
 事の戒壇建立の実現に向けて
 
 広宣流布の事相について『如説修行抄』に、
 

「吹く風枝をならさず、雨土くれをくだ(砕)かず、代はぎ(羲)のう(農)の世となりて、今生には不祥の災難を払ひて長生の術を得、人法共に不老不死の理(ことわり)顕はれん時を各々御らん(覧)ぜよ、現世安穏の証文疑ひ有るべからざる者なり」(御書 671頁)

と仰せです。故に、この事の戒壇建立をめざす意義は、一つには、一切衆生を救済する御本仏の大願成就のため、二つには、僧侶・信徒がその目標達成に向かって信心修行に励むところに、自(おの)ずと即身成仏の大利益が生ずるからです。

 この事の戒壇を建立する場所について、『日蓮一期弘法付嘱書』に、
 

「国主此の法を立てらるれば、富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり」(同 1675頁)


と、富士山に本門寺の戒壇堂を建立せよと御(ご)遺命(ゆいめい)されています。私たちは、この御遺命が一日も早く実現できるよう、まずは「『立正安国論』正義顕揚七百五十年」における御命題達成のために果敢なる折伏行に励んでまいりましょう。