浅井昭衛とは何者だったのか

ウィキペディアの引用から

浅井 昭衛(あさい しょうえい1931年11月30日 - )は、日本の宗教法人顕正会(公称は冨士大石寺顕正会)の会長。宗教家。

経歴[編集]浅井甚兵衛の長男として東京都に生まれる。

敗戦後の1947年、16歳の時に日蓮(大聖人)の『立正安国論』を読んで本格的に日蓮正宗の信仰に目覚めたという。その後、当時の彼の指導教師であった中島日彰・妙光寺住職(能化、元・管長代行。円妙院日彰【御尊師】)から、総本山大石寺第26世日寛(上人)の遺文について個人講義を受ける機会があった。

早稲田大学第二政治経済学部を中退後、法道院法華講の青年部長、妙信講青年部長、同本部長を歴任した。全国法華講連合会の統制に抵抗し、日蓮の遺言(日蓮正宗では御遺命と呼称)について、総本山大石寺との全面的に対立するに至った。

後に創価学会池田大作と対立し、富士大石寺を総本山として、顕正会を創設した。

親族[編集]次男の浅井城衛は顕正会理事長兼男子部長をしているものの、長男の浅井克衛元男子部長は2005年以降公に姿を現しておらず、顕正会内部の話にも出てこなくなった為、2013年12月現在、その所在は不明である。

詳細は「冨士大石寺顕正会#歴史」を参照

代表的な著作[編集]日蓮大聖人の仏法 -折伏理論解説書-
南無日蓮大聖人
立正安国論謹講
試練と忍従の歴史 (現在は絶版)
御遺命守護の戦い
顕正会の歴史と使命
学会・宗門抗争の根本原因
なぜ学会員は功徳を失ったか
正本堂の誑惑を破し懺悔清算を求む
日蓮大聖人に帰依しなければ日本は必ず亡ぶ
日蓮大聖人に背く日本は必ず亡ぶ

浅井 昭衛
あさい しょうえい
生年月日 1931年11月30日(82歳)
出生地 東京都
出身校 早稲田大学中退
親族 父・浅井甚兵衛

初代 顕正会会長
任期 1982年10月9日 - 現職

となっている。

今現在の私の個人的な心境から、浅井昭衛という人間を考察してみたい。

学歴について
早稲田の政治経済学部中退というのは、顕正会に居た時から組織の先輩から聞いて知っていた。中退した理由は、「大学ではもうこれ以上学ぶことがないと悟ったから」だそうだ。それを私に語った上長は、自分でそのようなことを考えついてしゃべったのだろうか?おそらくそのまた上長や先輩から聞いたのであろう。

そうやって伝聞情報というものはたどっていくと、本人にたどり着くこととなってしまうのだが、もし本人が若い時にそう思ったのなら慢心であるし、後年になって中退の理由を考えついたのなら、たばかりであろう。

早稲田大学の第二部というのは、勤労学生のための夜間部ではなかったか?二部の学生を差別するつもりはないが、一部に比べて格落ちなのが通例ではある。浅井昭衛が通っていた当時の、社会状況と今日の偏差値偏重時代とを単純比較することはできないが、特段衆に優れた秀才であったとは言い難い。しかし、学歴については入学した学校のレベルよりも、中退したという事実の方が、その後の浅井の行動を考える時、非常に興味深い。大学は中途退学し、勤め人としての経験もなく、信心すらも中途退転。このような半端者が、一躍異流儀の頭目として脚光を浴びる存在となったことは、第一に魔の存在が挙げられようが、如何に大衆が騙されやすいかということの証拠ではあるまいか。

教学力について

敗戦後の1947年、16歳の時に日蓮(大聖人)の『立正安国論』を読んで本格的に日蓮正宗の信仰に目覚めたという。その後、当時の彼の指導教師であった中島日彰・妙光寺住職(能化、元・管長代行。円妙院日彰【御尊師】)から、総本山大石寺第26世日寛(上人)の遺文について個人講義を受ける機会があった。

ウィキペディアの記載と同じことを、浅井昭衛本人がビデオ放映で語っていることを聞いたことがある。

立正安国論』に魅了された人間というのは、古今信仰者でなくても数多く存在した。戦前のクーデター事件に名を連ねた人士などにも、大聖人様の『立正安国論』に心酔した者たちがいる。16歳で、『立正安国論』に何がしかの感銘を受けたのは事実かもしれない。しかし、これにも粉飾の臭いを感じるのは私だけであろうか。

浅井昭衛には予言癖がある。その根拠が『立正安国論』なのだが、いかにも自分と『立正安国論』との間に、深い因縁でもあるかのように印象付けようとする、作為の意図が見え隠れするように感じるのは、私の考えすぎであろうか。

次に面白いのが、教学の特別講義である。

当時の彼の指導教師であった中島日彰・妙光寺住職(能化、元・管長代行。円妙院日彰【御尊師】)から、総本山大石寺第26世日寛(上人)の遺文について個人講義を受ける機会があった。

との件の記載も本人の口から聞いたことがある。これは、浅井昭衛自身の自慢のタネであった。日寛上人様の講義とは、六巻抄についてなのか御書文段についてなのか、はたまたその両方についてなのか私は知らない。

しかし、指導教師様から直々に御指導いただいたことは、有難い機会であったと思うのである。その知識は浅井昭衛が自慢する如くのものであるかどうかはともかく、日蓮正宗の御僧侶の慈悲深さと、信徒教導の熱意を表すものであっても、浅井昭衛の凄さを表すことにはならないように思うのであるが。

この特別講義にも逸話があって、一つは大勢の受講者が当初はいたが、自分以外の者は講義内容が難しくて、居眠りするやら来なくなるやらで、しまいには浅井昭衛ひとりだけが最後まで、御尊師様とマンツーマンで教学の研鑽に励んだというもの。

もう一つは、セロリさんだったかが調査して下さったのだと記憶しているが、浅井昭衛は自身の怨敵と標榜する日達上人様からも、教学の講義を受けていたのだという。これは、都合が悪いので口にしていないらしい。姑息な人間性ではないだろうか。

また、これは私の憶測なのだが、日寛上人様の御遺文研鑽を強調するあたりが、またしても自分一人が大石寺教学の深奥を究めたと言わんとする、たばかりへの導入のような気がしてならない。浅井昭衛は、ビデオの中でよく大石寺の御僧侶方を指して、「教学が分かっていない連中」などという暴言を吐くが、その時は決まって三大秘法抄や六巻抄などの借文解釈を、得意げに弁じている時であったように記憶している。慢心というのは本当に恐ろしいものであるが、逆にそれだけの教学研鑽で本山の御尊師様方より、教学が分かっていると思いあがることの幼稚さに驚かされるのである。

本当に教学を学びたい、真剣に大聖人様の御書や大石寺教学の深奥に到達したいと願うなら、得度させていただく方途もあったであろうに。

親族[編集]次男の浅井城衛は顕正会理事長兼男子部長をしているものの、長男の浅井克衛元男子部長は2005年以降公に姿を現しておらず、顕正会内部の話にも出てこなくなった為、2013年12月現在、その所在は不明である。

これは最も重大な事件であり、保身のためなら我が子も捨てる、浅井昭衛の人間性を暴露するものであるが、この事件も2005年の出来事であり10年が過ぎようとしている。会員の平均在籍時間が非常に短い顕正会では、10年も実際に活動会員であり続けることは少ない。今となっては知らない者がほとんどかもしれない。

しかし、今から22年前には飛ぶ鳥を落とす勢いの海老原男子部長が失脚し、浅井克衛は名実ともに男子の長となった。私は直接何度か隊座で面識を持ったこともあるし、奇しくも宇高(元高知県地区部長?)による殺人事件の際には、直接手紙で浅井克衛とやり取りをしたことがあった。

その内容は、「宇高が罪を償って出所した時には自分を訪ねてきてほしい」というようなことが書いてあった。その文面だけを判断材料にするわけではないが、噂に聞くような横暴な人間ではなく、やさしく真摯な印象を持っていたものである。

失脚の理由は、女子部員を妊娠させてしまったとか、加藤元総合女子部長との確執とか、組織の中ではいろいろとまことしやかな噂を耳にしたが、いずれも憶測でしかなく真相はもっと別のところにあった。

それは、戒壇の大御本尊様を徹底的に邪難し続けている、犀角独歩という人物との関係にあった。犀角独歩という名前が、一度浅井昭衛の口から出たことを記憶している方もおいでになるだろうが、これは顕正会内の除名処分が異例のビデオ放映で発表された時に出たのである。

その時除名された人は、その処分理由としてこの犀角独歩と、交遊していた事実を断罪されていたように記憶している。

あろうことか、浅井克衛は犀角独歩と接触し、浅井昭衛との面談を実現させようとしていたが、その途中で浅井昭衛の逆鱗にふれ失脚させられてしまい、次男坊に自分の座を奪われてしまうことになったのだ。

浅井克衛は創価学会員の一部の者と同様、戒壇の御本尊様の偽作説をネタに、新たな御宗門攻撃を始めようと考えついていたのかもしれない。しかし、冷静に考えてみれば浅井昭衛の修羅道の出発点は、戒壇の御本尊様をめぐって、創価学会や御宗門と騒動を起こしたことにある。その原点である戒壇の御本尊様を否定してしまえば、顕正会という商売もまた、店じまいせざるを得なくなる道理なのは明らかであった。

浅井克衛は案外、阿呆だったのかもしれない。しかし、この不始末の原因を作ったのは、浅井昭衛の長男であり会のナンバー2である。仲介しただけの人を吊るしあげて、息子は忘却の彼方にってそんな御都合主義が許されていいのだろうか?克衛は50代ニートとして悠々自適の生活をしているのかもしれない。その金は当然、貧乏や不幸に苦しむ会員から徴収した、似非御供養で賄われているのだ。

さて、以上が浅井昭衛なる人物にまつわる話なのであるが、彼ももはや御高齢となった。いまだに会長職に居座り続けているものの、どんどん会員は減る一方で、元会員からのバッシングや御宗門への回帰があって、内心はへたりこんでいるのではないかと思われる。

次男の城衛では安心して任せられないというのが、御宗門に敵対し続けて生きて来た男の末路であり、亡国の真言宗と同じく後継ぎの男子が立たないという現証であろうか。

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