一杯の牛乳

斎藤淳子さんエッセー(3/25時事速報掲載)

 ご挨拶

ライター 斎藤淳子

初めまして、北京在住ライターの斎藤淳子です。
米国で修士取得後、96年に国費留学して以来、北京滞在はその後のJICAや
日本大使館などの仕事を経て通算18年目になります。
その間プライベートでは中国人の相方と家族で北京を拠点に暮らしています。

日本の中国情報は今や「怖く、危険で、汚く、けしからん」、
「脅威論」と「崩壊論」という聴き慣れたストーリーが主流となり、
私が北京で毎日見ている周囲の人々の暮らしぶりや社会の雰囲気との間に
いつも温度差を感じます。

報道で一人歩きしている「中国」のイメージですが、そもそも中国は
一枚岩ではありません。矛盾を抱えつつも非凡なる情熱、頭脳、行動力を
発揮し奮闘している様々なアクターたちがこの国の明日を紡いでいることを
見落すわけにはいきません。時代は確実に動いています。

そこで、「このままの報道では日本の世界認識はどんどんずれて、
ガラパゴス化が進行してしまう」と大手メディアの支局長に直球を投げたところ、
「メディア批判だけでなく、代案やより良い情報を出して」と返球されました。
全くの正論で、深く頷きました。

というわけで、目標は高く、目線は低く、少しでもこの地の人々のリアルな姿と
混沌に潜む躍動を伝えようと情報発信をしています。
今回お会いできた皆様とのご縁を大切にしたいと思います。
どうぞよろしくお願いします。

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一杯の牛乳

我が家では子供たちに「飲んじゃいなさい」と差し出す牛乳。
そんな光景が恥ずかしくなる話を聞いた。

甘粛省の貧困農村に小中学生の二人の息子をおいて北京で働いているWさんに
農村の小学校の朝の様子を聞いた。学校は7時に始まるので子供たちだけで
6時に起き、30分かけて歩いて登校するという。

「でも最近は学校で牛乳とゆで卵がでるので、とてもいいんだ」とWさんは
実感を込めて嬉しそうに話す。牛乳と卵がなぜそんなに喜ばしいことなのか
私にはすぐにはピンとこなかった。

中国政府が近年農村の義務教育支援の一環で実施している「栄養朝食」のことだ。
聞いてみれば息子さんたちはこれまでは朝も昼も小麦粉を蒸したマントウだけ
という日が多かったという。そこではまだ卵や牛乳は贅沢品なのだ。

だから、子供たちは祖父母にも牛乳を飲ませようと家に持ち帰ってくるらしい。
そう聞いて四川省のイ族の村での話を思い出した。学校で配られる牛乳を
校門の外から見ている就学前の弟。お兄ちゃんは弟に気づくと駆け寄っていき
その牛乳をあげていたという。

忘れていた農村の貧しさにはっとさせられるとともに、一杯の貴重な牛乳を
家族と分け合う彼らの姿に胸が熱くなった。
都会に欠けている心の栄養を思い出した。