日蓮大聖人が末法の御本仏であることの文証及び十界曼荼羅本尊しか本尊たり得ない論証

先日、このブログをご覧いただいている方からporigin@yahoo.co.jpへメールをいただきました。

その方は、藁をもすがる思いで日蓮正宗へ入信なさったそうです。よほど人生の苦悩にさいなまれていたようですね。しかし、その後日蓮正宗への不信が募り信じられなくなったそうです。

どうも、世間の学者や謗法の人間が書いた、大聖人様が本仏であることへの批判にシンパシーを感じるようになってしまったようであります。

添付されていた資料には、大聖人様が釈迦よりも地位の高い御本仏であることへの、批判がびっしりと書かれていましたが、しんどくなってしまって最後まで読むことが出来ませんでした。

私も二年前には不信謗法に囚われ、精神的にもおかしい状態になっておりました。まさに頭破七分の現証であり、そんな悩乱状態だからこそ得体の知れない文章に魅惑されてしまうのだと、今から思えば得心いたします。

昨年の10月にアップした記事ではありますが、その方へのお答えとして再掲させていただきます。メールで私は、御登山をお勧めいたしました。正宗信徒であれば何よりもまず、根源を訪ねるべしだと思いまして、大石寺への参詣を促したのですが、先方様からは「そんなことで不信から脱却できる、あなたの思考回路がうらやましい」との、小馬鹿にしたようなお返事をいただきました。過去の自分を見ているようで、不憫で仕方がありません。結論を言えば、批判や邪難はいくらでもできますが、自分が幸せな境界を開き成仏する道は、正宗の批判ではないということです。結句、次の大聖人様のお言葉を胸に刻んでいただくほかありません。

汝早く信仰の寸心を改めて速やかに実乗の一善に帰せよ。然れば則ち三界は皆仏国なり。仏国其れ衰へんや。十方は悉く宝土なり。宝土何ぞ壊れんや。国に衰微無く土に破壊無くんば身は是安全にして、心は是禅定ならん。此の詞此の言信ずべく崇むべし
立正安国論 御書250㌻4行目)

種脱相対とは、法華経寿量品において釈尊の文上脱益の仏法と、日蓮大聖人の文底下種仏法を比較相対する法門です。

 仏法では、衆生が仏の法によって成仏を遂げる過程を、種・熟・脱の三益をもって説いています。

 種とは下種益のことで、仏になる種を衆生の心田に下すことをいい、熟とは熟益のことで、過去において下された仏種を成育(調熟)することをいい、脱とは脱益のことで、成熟した果実を収穫(得脱)することをいいます。前に示した文上脱益とは、久遠五百塵点劫に下種を受けた衆生が、中間三千塵点劫を経て、爾前経・法華経迹門までの調熟の後、本門寿量品に至って得脱することをいいます。ここで得脱した衆生は、機根のうえから本已有善といいます。

 これに対して文底下種益とは、久遠下種を受けていない衆生が、末法においてはじめて寿量品の文底に秘沈された南無妙法蓮華経の下種を受けて成仏することをいい、この衆生を本未有善といいます。

 この成仏の法について大聖人は、

「彼は脱、此は種なり。彼は一品二半、此は但題目の五字なり」
観心本尊抄 新編656頁)

と、釈尊在世においては寿量品を中心とした一品二半が脱益の法となり、末法においては、題目の五字が下種益の法となることを明示されています。

 また、

「一念三千の法門は但法華経の本門寿量品の文の底にしづめたり」
(開目抄 新編526頁)

と仰せられ、法華経寿量品の文底に秘沈された南無妙法蓮華経こそ、文底下種・本門事の一念三千の法門であると明かされています。

 この南無妙法蓮華経とは、久遠元初の本仏所有の法であり、すべての仏が悟りを開くために修行した根本の法なのです。さらに大聖人は教主の相違について、

「仏は熟脱の教主、某<それがし>は下種の法主なり」
(本因妙抄 新編1680頁)

と示され、「熟脱の教主」とは久遠実成の釈尊であり、「下種の法主」とは、末法において久遠元初の本法である妙法を下種される日蓮大聖人御自身であると明かされました。

 したがって種脱相対により、末法の御本仏日蓮大聖人の南無妙法蓮華経こそ、一切衆生を救済せしめる根源の本法であることが明らかとなるのです。

 大聖人様が御本仏であることの文証一覧

■ 久遠元始の天上天下唯我独尊は日蓮是なり。
(百六箇抄 弘安三年一月一一日 五九歳 1696)

■ 日蓮天上天下一切衆生の主君なり、父母なり、師匠なり。
  〔本門下種の口伝〕

  今久遠下種の寿量品に云はく「今此三界皆是我有(主君の義なり)  其中衆生悉是吾子(父母の義なり)而今此処多諸患難(国土草木) 唯 我一人能為救護(師匠の義なり)」と云へり。三世常恒(じょうごう) の日蓮は今此三界の主なり。
  〔仏と聖人同体の口伝〕

  「日蓮大恩、以希有事(いけうじ)、憐愍教化、利益我等、無量億  劫、誰能報者(すいのうほうしゃ)」なるべし。
  (産湯相承事 日興之を記す 1710)

■ 聖人言(のたま)はく、此の相承は日蓮嫡々一人の口決、唯授一人の 秘伝なり、神妙神妙と言給(のたま)ひて留め畢んぬ。
  (※秘伝・相伝書であるが故に、大聖人の仰せの如く長く他門へ秘す。左京日教筆・大石寺蔵)

■ 本因妙の教主本門の大師日蓮謹んで之を結要(けっちょう)す。万年 救護写瓶(しゃびょう)の弟子日興之を授与す云云。
  (百六箇抄 弘安三年一月一一日 五九歳 1685)

■ 久遠名字已来本因本果の主、本地自受用報身の垂迹(すいじゃく)上 行菩薩の再誕、本門の大師日蓮詮要す。
  (百六箇抄 弘安三年一月一一日 五九歳 1685)

■ 末法の仏とは凡夫なり。凡夫僧なり。(中略)僧とは我等行者なり。 仏共云はれ、又は凡夫僧とも云はるゝなり。
  (御義口伝 弘安三年正月十一日 1779)

■ 夫(それ)仏は一切衆生に於て主師親の徳有り。
  (蓮盛抄 建長七年三四歳 28)

■ 主師親たる教主釈尊
  (念仏無間地獄抄 建長七年 三四歳 39)

■ 教主釈尊は娑婆世界の衆生には主師親の三徳を備へて大恩の仏にて御 坐します。
  (念仏無間地獄抄 建長七年 三四歳 39)

■ 夫(それ)一切衆生の尊敬(そんぎょう)すべき者三つあり。所謂  (いわゆる)、主・師・親これなり。
  (開目抄 文永九年二月 五一歳 523)

■ 日蓮は日本国の諸人に主師父母なり。
  (開目抄 文永九年二月 五一歳 577)

  (※主師親=仏 日蓮は主師親三徳を倶備する 日蓮=仏  ということである。)



■ 今日蓮等の類南無妙法蓮華経と唱へ奉る者は一切衆生の父なり。無間 地獄(むけんじごく)の苦を救ふ故なり云云。
  
  涅槃経に云はく「一切衆 生の異の苦を受くるは悉く是如来一人の苦 なり」云云。

  日蓮が云はく、 一切衆生の異の苦を受くるは悉く是日蓮一人の苦な るべし。
  (御義口伝 1771)

(※「日蓮等の類」と複数形で説かれているが、我々は一切衆生の父などにはなり得ないし、無間地獄の苦を救えるはずもない。つまりは、日蓮大聖人こそが、一切衆生の父 ということであり、末法の仏、ということである。)

                                  
その証拠が次の御指南である。

■ 凡夫は体の三身にして本仏ぞかし、仏は用の三身にして迹仏なり。然 れば釈迦仏は我等衆生のためには主師親の三徳を備へ給ふと思ひしにさ にては候はず、返って仏に三徳をかぶ(被)らせ奉るは凡夫なり。
  (諸法実相抄 文永一〇年五月一七日 五二歳 665)

一切衆生の異の苦を受けるのが如来=仏

日蓮は一切衆生の異の苦を受ける

日蓮=仏 ということである。

(※"凡夫"こそが本仏?釈迦仏に三徳具備をさせた。→つまり成仏せしめたのは"凡夫"?日蓮宗系ではこの御文はどう会通するのか?)

この御文を正確に会通する鍵は以下の御文である。

■ 釈迦如来五百塵点劫(じんでんごう)の当初(そのかみ)、凡夫にて 御坐(おわ)せし時、我が身は地水火風空なりと知(しろ)しめして即 座に悟(さと)りを開きたまひき。
  (三世諸仏総勘文教相廃立 弘安二年一〇月 五八歳 1419)

(※釈尊は「我本行菩薩道」として、長遠の修行をして成道された。


■ 「我本菩薩の道を行じて、成ぜし所の寿命、今猶未だ尽きず。復上の 数に倍せり。」
  (法華経如来壽量品第十六)

釈尊は昔、菩薩行をして成仏した。

仏としてそれ以降の寿命は、菩薩の修行していた期間の二倍にもなる。

ということであるから、この経文をそのまま計算しても、五百塵点劫というほとんど無間に近い長遠の時間の約半分の期間を菩薩行をされて成道された。ということになる。

だが、上記総勘文抄に示される「仏」は「即座開悟」である。

長遠な菩薩行がない。

これまさに、凡夫即極の久遠本仏・無作三身如来の文証であり、久遠実成の釈尊のことではない。

その"凡夫即極"の本仏こそが釈尊を成道せしめた久遠元初の本仏であり、その境智を明かされたのは仏教史上日蓮大聖人しかおられない。

以下の御文もその御境智を示された御指南である。

■ 至理は名無し、聖人理を観じて万物に名を付くる時、因果倶時(ぐ  じ)・不思議の一法之(これ)有り。之を名づけて妙法蓮華と為す。此 の妙法蓮華の一法に十界三千の諸法を具足して欠減(けつげん)無し。 之を修行する者は仏因仏果同時に之を得るなり。
  (当体義抄 文永一〇年 五二歳 695)

(※「此の妙法蓮華の一法に十界三千の諸法を具足して欠減(けつげん)無し。」この御文に、大聖人御図顕の十界文字曼荼羅御本尊の義が現れている。日蓮宗系に散見される中央首題だけの本尊・各界別勧請した本尊などはあり得ない。誤った本尊観・本尊義解釈である。)

■ 久遠とははたらかさず、つくろはず、もとの儘(まま)と云ふ義な  り。無作の三身なれば初めて成ぜず、是動(はたら)かさゞるなり。三 十二相八十種好を具足せず、是繕(つくろ)はざるなり。本有常住の仏 なれば本の儘なり。是を久遠と云ふなり。久遠とは南無妙法蓮華経な  り。
  (御義口伝 1772)

(※無作の三身は長遠の修行して仏に成ったのではない。ということは「我本行菩薩道」の結果成道した、久遠実成の釈尊のことではない。また、釈尊は三十二相を具足していたが、久遠本仏は三十二相を具足しない。

久遠とは南無妙法蓮華経 

■ 仏の御意(みこころ)は法華経なり。日蓮がたましひは南無妙法蓮華 経にすぎたるはなし。
  (経王殿御返事 文永一〇年八月一五日 五二歳 68)

南無妙法蓮華経日蓮大聖人

つまり、

久遠元初=無作三身如来南無妙法蓮華経日蓮大聖人 

ということになり、

日蓮大聖人こそ久遠本仏・久遠元初の無作三身如来の応誕という結論になる。



■ 今、末法に入りぬれば余経も法華経もせん(詮)なし。但南無妙法蓮 華経なるべし。
  (上野殿御返事 弘安元年四月一日五七歳 1219)

更に上掲の御文を合わせ考察すれば、末法には有用ではなくなった法華経二十八品の教主釈尊より、末法嫡時の南無妙法蓮華経の教主日蓮が主、ということであり、ここでも、

釈尊=迹仏

日蓮大聖人=本仏

を説示されておられる。また、

■ 本尊とは法華経の行者の一身の当体なり
  (御義口伝 1773)

といわれるように、末法の本尊とは

南無妙法蓮華経日蓮大聖人 

でなければならない。

これはまさに人法一箇の本尊ということであり、大聖人御図顕の曼荼羅御本尊の中央御首題

南無妙法蓮華経 日蓮 花押

と御表示であらせられる。

しかも、


■ 本尊とは勝れたるを用ふべし。
  (本尊問答抄 弘安元年九月 五七歳 1275)

であるから、

南無妙法蓮華経 日蓮 花押

との日蓮大聖人御図顕の十界曼荼羅御本尊以外、いかなるものも本尊たり得ないのである。

日蓮宗系他門はこの深義を読み取れないから、釈尊像を本尊と建てたり、
貫首書写の曼荼羅本尊も、南無妙法蓮華経の直下に日蓮大菩薩だの、貫首の名などを入れているのである。実に法門未熟の惨状を呈している。