またも結果主義の災難

論長論短 No.212

またも結果主義の災難

宋 文洲

文部科学大臣が「日本の誇り」と言えばマスコミも「デート中も考える」
「科学界に現れた新ヒロイン」と持ちあげられた小保方氏。データの捏造から
文章のコピーまで、人々の科学研究への信頼を酷く傷付けたことは周知のとおりです。

ネットが彼女のデータ加工について静かに議論を始めた段階で、私は既にその
疑惑のデータを見ました。研究生活と学術論文の発表経験を持つ私にはその
問題の深刻さがすぐ分かりました。STAP細胞の有無と関係なく、実験データを
弄ることは研究者の一般教養としては厳しく糾弾される行為だからです。

私の博士論文では、岩石やコンクリートの破壊特性を調べる実験がありました。
論文は仮設を立てて実験や計算などの手段を持って立証を進めますが、実験の
データがその仮説を裏切ることはよくありました。「測定装置がおかしい」、
「コンピューターが壊れている」と思いたくなることがよくありました。

説明付かないデータを指導教授に見せて仮説に反する部分を除去したいと
言った時、先生に険しい表情で言われたことは今も覚えています。「研究は
君の仮説を証明するためにあるものではない。研究は研究のためにあるのだ。」
実験データを一切弄らずそのまま論文に使う習慣はあの時に身に付けました。

その代わりに質問されたら、データを科学的に説明できるように論文を
練り直します。説明できない場合、論文そのものをやめることもあります。
「できないことを証明するのも研究だ。時にはできることを証明するよりも
もっと立派な研究だ。」とも先生に言われました。

結果論に反対し、科学的プロセスを主張してきた私の考えの元と言えば、
この研究者としての経験に由来するものです。結果に責任も持たず、部下に
向かって「結果がすべて」、「結果さえ良ければよい」と吹っ掛ける管理職や
経営者を見た時、心の底から違和感を覚えました。

孟母三遷など、孟子は教育の専門家であることは日本人の皆さまもよく
ご存じです。「孟子 公孫丑上」という本には以下の一節があります。

宋の国では、ある人が苗の成長が遅いことを心配し、苗達を抜き伸ばした。
家に帰った彼は満足げに家族に言った。「今日は疲れた!私は苗の成長を助けた。」
息子さんが畑に走ってみたところ、苗は全部死んでいた。しかし、世の中は
このような間違いをしない人はむしろ少数だ。教育を諦めることは畑を
耕さないと同じことだ。無理に結果を出させることは苗を抜き伸ばすと
同じことだ。無駄な努力の上、その人を害している・・・。

これはおよそ3千年前の話ですが、現在の中国語では、この客観的プロセスを
無視した結果追求のことを「アツ苗助長」(アツは抜くという意味の漢字で
「堰」の土へんをてへんに変えたもの)という四文字成語で表現します。
時間のかかる人材育成や戦略事業を成し遂げる際、環境と条件を整えることを
優先し、安易な結果追求を警戒する言葉です。

小保方氏のやり方を批判していた私ですが、度重なる理研の「結果は揺るがない」
という結果主義姿勢をみて、急に小保方氏が可哀そうだと思いました。
彼女の本当の悲劇は良い先生、良い上司に巡り合えていないことです。

企業経営も同じだと思います。科学的な仕組み作りと冷静な企業文化作りをせず、
結果論に拘ることはアツ苗助長なのです。

(終わり)

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