社会変化の大きさを測る方法

1. 論長論短 No.210
社会変化の大きさを測る方法
宋 文洲

2月14日は中国陰暦の1月15日で、重要な祭りでした。この日は一年最初の満月を
迎えるので「上元」や「元宵」と言います。小さい時の私は「お正月は15日まで」
と親に言われました。15日は爆竹を鳴らし花火を上げました。田舎の農民は
この日を祝ってから大晦日に身にまとった新しい服を脱ぎ、春の農作業に
とりかかったものです。

今年は3年ぶりに陰暦1月15日を北京の自宅で迎えました。夕方頃にもう疎らな
花火の爆音が聞こえたため、私の中にある子供心が刺激され急に花火を買って
こようかと胸騒ぎしました。妻も子供も乗り気でない顔をするし、悪い空気を
さらに汚すことにもなると思いつつ、3年前に見たことのある花火店に向かいました。

記憶にあった花火店は全部なくなっていました。新聞売りのおばさんに聞いたら
「儲からないから去年から大半の店が止めた」とのことです。空気に配慮して
いるのか、それとも飽きたのかは知りませんが、北京市民が爆竹や花火に興味を
失いつつあることを知りました。「いいことじゃないか」と自分に言いながら、
なぜか虚しい気持ちで帰路に着きました。

妹の旦那が15日に食べる「湯円」(甘い餡の入っているおもち)を持ってきて
くれました。お手伝いさんも田舎から日本とそっくりの堅いおもちをもってきて
くれました。何とか祭り気分になったのですが、貧乏時代に感じた嬉しさと
興奮はありませんでした。

陰暦では1月15日を「上元」というに対して、一年の真ん中で満月の日である
7月15日を「中元」といい、収穫季節の満月の日である10月15日を「下元」
(中秋)といい、昔はいろいろな行事で祝いました。しかし、現在では、
「中元」と「下元」は単なる取引先や上司にお土産を贈りご機嫌をとる
タイミングだと捉える人が多いのです。

3年ぶりに帰省から戻ったお手伝いさんが「親が死んだら、もう田舎に帰らない」
と言いました。北京に来てもう10年以上経ち、北京育ちの子供が田舎の生活や
気候に慣れず病気になったそうです。彼女は新聞店を旦那に任せてお昼から
5時間だけ我が家の家事を手伝います。目標は子供を大学に入れて北京に
自宅を持つことだそうです。

私はたまに中国のカレンダーをじっと見つめます。西暦表示の下にある陰暦
表示から失っていく不幸な時代の、僅かな甘い記憶を呼び覚ますのです。
小寒大寒立春などが季節と農作を告げ、春節、中元、中秋などが希望と
行事を告げる。戦乱がなければそこには変わらぬ幸せな田園生活があったのです。

共産党政権の設立以来、中国は陰暦を止めて西暦を採用したのです。
信じないかもしれませんが、文革時代では今よりも伝統や文化が残っていました。
農業が中心だったため、農民が殆ど陰暦を見ていたからです。むしろ現在、
うちのお手伝いさんのように農地を放棄し都会に移住した人々が陰暦を
使わなくなり、自然に伝統を失っていったのです。

経済の変化は必ず深刻な社会変化をもたらします。もしある社会のある時期に
おける変化の大きさを知りたいならば、その時期の経済成長の速度を調べれば
分かります。たぶんこの原理が日本にも適用できると思います。

(終わり)

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