「相手を騙して迷惑をかけよう」という孫子の戦略論

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┃日本の情報・戦略を考えるアメリカ通信 ┃ http://www.realist.jp
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├ 2013年11月15日 「相手を騙して迷惑をかけよう」という孫子の戦略論
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おくやまです。

先週の「アメ通」にて、戦略思想家ジョン・ボイドが、
「摩擦」という概念をクラウゼヴィッツ孫子が捉えていたのか?
その考え方の違いについての分析を紹介しました。

簡単におさらいしますと、
「摩擦」に関するクラウゼヴィッツ孫子の考え方の違いを、

クラウゼヴィッツ:「自分(たち)を鍛えよう」

孫子:「相手を騙して迷惑をかけよう」

という風に非常に大雑把にわけて認識していた、
ということです。

私がそこで暗示したのは、クラウゼヴィッツのような
プロシア式の考え方というのは、
日本人の考え方にもよく合うものであり、
ちょっと専門的な言葉を使えば、
クラウゼヴィッツや日本人というのは戦略を考えるときに、

●味方の「エントロピー」をいかに最小限化するか

と考える傾向があるという点です。

つまり「プロシア・日本式」の戦略思考というのは、
どちらかといえば意識が自分たちの【内側】の方向に向いている
と言えそうなのです。

その反対に、孫子、もしくは中国式の考え方というのは、
自分ではなく、

●相手の「エントロピー」をいかに最大化するのか

という点を強調しているわけで、その前提として
「自分はさておき、とにかく相手をなんとかしよう」という、
いわば意識を徹底的に【外側】に向けた考え方であると言えます。

これをさらに大胆にいいますと、

そもそも「戦略」(strategy)というものは、
その考え方の大きなわけかたとして、

「自分をなんとかしよう」派 VS 「相手をなんとかしよう」派

という二つの流派がある、
と考えていただければわかりやすいかと思います。

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さて、戦略に存在するこのような
「自分」と「相手」のどちらをコントロールするのか?
という意識の違いをご理解いただけると、
そこから、日本人の戦略思想に関して一つ疑問が出てきます。それは、

「そもそも日本人は戦略を本当にマスターできるのか?」

というものです。

なぜならわれわれ日本人は、
幼少時からの教育のプロセスの中で、
「他人に迷惑をかけてはいけない」
ということを学んできているからです。

つまりこれは「自分をなんとかしよう」派の典型的な考え方。

ところが、孫子は自身の戦略のエッセンスとして
「相手を騙して迷惑をかける」
ということを説いているわけですから困ったもの。

このような外に向かうタイプの、
「人に迷惑をかける」戦略思想というのは、
私たち日本人の「政策」や「世界観」に反するものであるため、
この戦略のエッセンスの会得は難しくなってしまうです。

これはつまり、日本人というのは
「非戦略的」な教育を受けてきてしまっている・・・
とも言えるわけです。

さらに問題なのは、
自分たちの「世界観」や「政策」とは反する勢力や国々と、
日本が無理にでもお付き合いをしなければならない状況に
置かれた時です。

※つまり、「日本に迷惑をかけてやれ」
  と企んでいるような方々がお相手の場合です・・・。

ましてや、日本が明治以降に、
本格的にグローバル化の海に漕ぎ出してからというもの、
現代のグローバル化のスピードはどんどん加速しております。

日本は、今後ますます、
「日本に迷惑をかけたい」と思っている相手と
直面しなければならなくなります。
ようするに日本人でさえも、今後はいつまでも
「相手に迷惑をかけずに、自分たちだけでなんとかしよう」
と行動しつづけるのは限界があるということ。

われわれがこれからの時代を、
逞しく生き抜こうとするならば、
孫子的に「相手に積極的に迷惑をかけに行く」ということを
(あまりしたくはないですが)考えていかなければならない、
ということなのです。

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さて、それでは、日本人であっても、
このような「相手に迷惑をかける」という戦略を、
(無意識的ということも含めて)できている人はいないのでしょうか?

日本史を紐解けば、日露戦争の時に、
ロシアに対して革命工作をしかけた
明石元二郎氏の話などはかなり有名なところです
そして、もちろん現在の日本の政界にもそういう人材はおります。

たとえば、私がある会合で知己を得た
選挙参謀のかたの話などは、
きわめて生々しいながらも参考になるものでした。

かつて、彼が非常に厳しい選挙戦を戦っていたおり、
同じ選挙区のライバル候補の事務所は、
自らの陣営よりもやや組織力に欠けるような部分があったそうです。

選挙戦における裏方の仕事として大事なのは、
ビラ張りのような団体行動における組織力の違い。
そして、これを相手側の陣営に見せつけると、どうやら、
自分たちが士気の上で優位に立てるらしいのです。

そこで彼が何をしたのかというと、
選挙区内の候補者のポスターを一夜ですべて張り替える、
ということ。

しかも、彼はこれを天気予報を見ながら、
続いて雨が降ってきそうな日の前日を
わざわざ選んで行ったというのです。

相手陣営としては、いきなり敵陣営が
一斉にポスターを張り替えたことでその組織力におどろきますし、
それに対抗してポスターを張り替えようにも、
しばらくは雨なので自分たちは張替えできないままのため、
非常に焦るらしいのです。

結果として、彼はこの選挙戦で、自分たちの力を
相手陣営に誇示したまま勝ったらしいのですが、
我々日本人的な感覚からするとこのような

「相手を騙して迷惑をかける」

とも捉えられかねないような<心理戦>を展開したのです。

もちろん、相手に「迷惑をかける」と言っても、
不快な気持ちを抱かせないように事を進める
ということが重要なのは言うまでもありませんが、
このような実例を聞いて、日本人もまだまだ大丈夫だな、
と意を強くした次第です。

戦略の本質というのは、相手を自分の思い通りにする、
つまり、「相手をコントロールする」ということ。
日本の内向きになりがちな戦略論を見ていると、
どうもこの部分の克服にカギがあるような気がしてなりません。

繰り返しになりますが、私たち日本人は、
その意識を、自らにばかりに向けるのではなく、
相手のほうにも向けるということを、
真剣に考えなくてはいけない状況になっているのです。
そして、それは、もはや「待ったなし」です。

( おくやま )

新訂 孫子 (岩波文庫)

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