お会式御逮夜参詣

今日は、所属寺院のお会式御逮夜に参詣してまいりました。

御虫払いとともに、年中二大行事でございます。本年も参加が叶いましたこと感謝申し上げます。

また家族そろって参詣し、功徳を積ませていただけたことにも、報恩感謝の念でいっぱいです。ささやかながら、御供養もさせていただくことができました。

今年一年は父の死という辛い出来事がありましたが、そのことでより一層の信仰心に立てたと思っています。何より葬儀・お七夜・49日・百箇日と、父の御塔婆を建立していただき、日蓮正宗で法要を執り行っていただけましたことが、何よりの幸せでございました。父が成仏出来て本当に良かったです。

父は死に際に猛烈に私を怨んでおりました。私も父の死を一日千秋の思いで待ち望んでおりました。そんな地獄界の親子関係でありました。父の臨終の相は強烈なものでした。どう表現していいかわからないような、異様なものを感じました。皮膚は真っ黄色で、エンゼルケアをはずすと顎が大きく開きました。臨終に立ち会っていないので、どうだったのかわかりませんが、目もおそらくは後から閉じたものであろうかと…。精神的なショックは非常に激しかったです。

怪奇現象も何度か経験いたしました。父の死の前夜には、私の家の中か外なのかはっきりしないのですが、「ガシャーン!」という大きな金属音がしました。近隣住民もビックリして飛び出してきましたが、何も見つけることはできませんでした。父はその時昏睡状態だったようです。きっと怨念が飛んできたのかもしれません。御本尊様がおられるので入って来れず、弾き飛ばされた音だったのかもしれません。

父の遺骨を家に持ち帰ってからは、仏間をミシミシ歩きまわる音が聞こえたり、夜中にトイレに起きると仏間の方が怖くて見れなかったりと、確実に父の怨念の残滓に障魔が呼びこまれているような感じでした。また、顔だけがぼやけた父が、家の周りを飛び回りながら覗き込んでいる夢を見ました。

しかし、初七日・二七日・三七日と法要が重なって行くうちに、どんどんとそういった邪気も払われ、霊気のようなものも感じなくなりました。四九日法要が終わり納骨してからは、全く怪奇現象もありませんでした。

日蓮正宗を誹謗することはどれほど恐ろしいことなのか。父は勧誡だけは受けていましたが、その後はさっぱりでした。家で勤行・唱題に励んでいたようですが、私に内緒で学会と付き合いがあったようです。父が倒れて入院した直後に、家の郵便受けに学会員から選挙協力の御礼メモが入れられていました。

それもこれも本当は私の責任でした。根気よく慈悲深く父を導いてやることが出来ませんでした。父は寂しくて私に当たっていたんだと思うのです。父がなぜ日蓮正宗に怨嫉を抱いていたのかはわかりません。魔障だとしか思えませんが、その心を包み込んであげることが出来ませんでした。

それでも、通夜式・葬儀と日蓮正宗の御僧侶に執行していただき、本当にきれいな安らかな相で送り出せてあげることが出来ました。

日蓮正宗の存在をどれほど有難いと思ったことか。日蓮正宗がそれを手柄にしたことなど一度もないのに。誹謗ばかりしてきた私の父をきちんと仏様に送り届けてくださいました。

今日のお会式に臨みまして、日蓮大聖人様の御徳に心から報恩感謝の念を捧げた次第でございます。