古い友達と固まらない

1. 論長論短 No.202

古い友達と固まらない

宋 文洲

この9月から娘が中国語のインター校から英語のインター校に通い始めました。
2カ月経った今も、娘は元の学校に戻りたいと言っています。どうやら前の先生や
お友達に会いたいらしいです。

今の学校の先生に聞いてみましたが、娘は決して溶け込んでいない訳ではないし、
勉強もちゃんとついていけています。それでも娘が「前の学校に戻りたい」
というのは単に4年間も共に勉強してきたお友達や指導してくれた先生への
愛着だと思います。

気持ちは分かりますが、私は娘を戻すつもりはありません。なぜならば、
英語環境下での勉強も重要ですが、それよりも古いお友達が理由で新しい環境に
行かない心理を克服してほしいからです。

日本の社会においては、友達作りをまるで至上命題のように考える人が
多いのです。国内外の単身赴任をみても「子供をお友達から離したくない」
という人が多いのです。家族を連れてコロコロ転勤すると「子供達が可哀そう」
というのです。私にしてみれば家族団欒よりもお父さんよりも友達を選ぶこと
のほうが可哀そうだと思うのです。

この古い友達と固まる習慣は、実に子供の成長に良くないと思うのです。
子供のうちに友達のいない環境に飛び込み、そこで慣れて行く経験こそとても
貴重だと思うのです。たとえその過程で友達が本当にできなくても構わないのです。
そもそもなぜ友達がいないといけないのでしょうか。

前回の論長論短でも書かせていただきましたが、
(前回の論調論短:http://krs.bz/softbrain/c?c=3342&m=88346&v=2685e99b
私は北朝鮮に近い国境、カザフスタンに近い新疆などを転々して少年時代を
過ごしました。すぐ友達ができない時期もありましたし、そもそも原始林の
中に住み、周りに民家がなかった時期もありました。それでも私は精神障害
なければ不良になる訳でもありませんでした。なぜならば私には愛してくれる
家族が常に居たからです。

山東省の故郷に戻って同年代の「友達」がたくさん居た時期がありましたが、
文革の影響で私は彼らに虐められました。その傷を癒してくれたのもまた
家族でした。「あなたは悪くない」と慰めてくれて逃げ方や反抗のやり方を
教えてくれました。

人生の中で誰でも本当に大好きな友達が居るはずです。しかし、その数は
精々数人でしょう。死ぬまで名前を覚えて数十年ぶりに再会してもまるで
昨日に別れたような感覚を持ちます。でもよく考えてみれば彼らはずっと
そばに居ないからこそ死ぬまでの心の友人になったはずです。

日本の教育現場では「お友達がたくさんできました」というのが決まり台詞です。
親も子供も「友達が少ない」ことに怯えます。何が何でも「友達がたくさん
できました」を目指します。学校から戻ってきてほっとした子供に親はすかさず
「今日もお友達と仲良くできましたか」とプレッシャーをかけます。

その子供達がやがて成人して組織に入ります。同じように孤立しないことを
最大な目標として「友達作り」に励むのです。ただ「友達」といわず会社の同僚、
先輩、上司との「友好関係」です。一番恐ろしいことは他ではなく、周りから
干されないことです。

そのため、異なる会社や業界への転勤はそれまでの財産である「友好関係」を
捨てることになり、なかなか踏み切れません。それでも耐えきれなくて転職を
考えると「あたしと子供達のことを考えているか」と奥さんに言われたりします。
まるで環境を変えることは家族を路頭に迷わせる行為のようです。

「困」と「囚」を眺めると先人の知恵が見えてきます。木を囲むと木が困ります。
人を囲むと人が囚われます。古い友人の居る環境は居心地がいいかも
しれませんが、それは自ら困り、自ら囚われることでもあるのです。

命はより遠くの命と出会うことによって繁栄し、人はより遠くの人と出逢う
ことで成長するのです。本当の友達とは別れても思う人であり、本当の出逢い
とは未知との巡り合いです。

P.S.
この夏もニューヨークに寄りました。ケネディ国際空港からマンハッタンに
向かう車の中、真っ先に電話したのは今日からゲスト寄稿して下さる
遠藤典子さんです。妻の高校時代の同級生であり、私も大変尊敬している
特別な存在です。

3年前、ダイヤモンドの副編集長として遠藤さんは北京に取材に来ました。
知人の清華大学の経済学者を彼女に紹介して取材を終えると、庭に出ました。
そこには偶然にも別の著名学者がテレビ局の取材を受けていました。
遠藤さんはすかさずその学者に近付き、名刺交換を求めました。
「営業」をしてきた私はその行動力にすっかり感服しました。

その晩、遠藤さんは北京の我が家の客室に泊まりました。翌日になって
シャワーが故障し、お湯が出ないことに気付きました。「どうやってお風呂に
入ったのですか」と聞きますと「水でシャワーを浴びました」と。深秋の北京の
水の冷たさを思うと今も申し訳ない気持ちと深い尊敬の念が湧きあがります。

2年前から、遠藤さんは「ずっと日本に居てはいけない」と言い始めました。
軽い乗りで言っていると思って「軽いじゃない?」と面と向かって言ったことが
ありましたが、気付いたら彼女はすっかりニューヨークの生活と仕事に
慣れています。

ニューヨークに着いた晩に、遠藤さんの紹介でセントラルパークの横の
レストランで夕飯しました。その時にメルマガの寄稿をお願いしました。

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http://krs.bz/softbrain/c?c=3343&m=88346&v=830e7995
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