独り信心の危うさについて

組織に所属して信仰をすることに、抵抗感があるという人は多いのではないでしょうか。

かつて創価学会顕正会などに所属してしまって、その時に受けたトラウマがあるという方もおいででしょう。私など創価二世で顕正会経由ですから、カルト臭にどっぷりと首まで浸かって生きてきました。本当にうっとうしいですね。

法華講に入ってみると、そのようなことはまったくありませんでした。当初人間嫌いになってしまっていたため、自分の心が他人の印象を歪ませてしまい、申し訳なくもご住職様や日蓮正宗に対して、必要以上に疑ってしまった時期もありました。これも今振り返ってみて、自分の罪障消滅として毒が噴き出していたんだなあと反省しています。

日蓮正宗に入信しても、お盆や法事しか来られない方もいますし、猊下様のご命題に答えようと一生懸命に活動されていらっしゃる方もいます。活動が少ないからといって非難がましいことを言われることは、ご住職様や執事様、そして役員の方などからは全くありません。

法華講で親しくなった先輩から、叱咤激励を受けることはあります。ここのところが、受け止め方次第で悩んだり、立腹してしまったりすることもあるのかもしれませんが、自分の信心が成長して心が磨かれていけば、悪い方に受け止め怨んでしまうこともなくなります。私は未熟者ですので三年かかりましたが。

御相談をいただく方や、折伏させていただいた方の中で最も多いのが、組織への恐怖心とか不信感です。これはやはり人界の宿命でしょう。小学生から会社、果ては家族の中まで現代は人間関係の苦が最も大きい時代ですから。国家間の関係も人間関係ですものね。

信心で組織の悩みを感じなくなったとき、職場や家庭の中での対人関係に悩まなくなりました。

日蓮正宗は自分から求めなければ、なにも得られないということを先輩から何度もお聞きしました。組織嫌いや人間嫌いになってしまう宿命を、自分はもってしまっているんだと自覚して、その悩みや苦しみから救われたいと思いながら、信心していけば自然に解消されていきます。

人によって違うかも知れませんが、私の実感では御塔婆供養とご供養をしっかりとさせていただくようになってから、人間関係に悩まされることが一気になくなりました。そのことに気付かせてくれたのは、父の病気と死でした。

また、仕事がてきぱきできるように変わったのは、お仏壇の御本尊様に御給仕を懸命にし始めたからだと思っています。

なんでそんなことが言い切れるのだと追及されれば、返答に困りますが自分にはそう感じられるということだけが、正直なところです。

メール porigin@yahoo.co.jp
ライン porigin