日蓮正宗の信仰には本当に功徳があります。実感しています。

今年の7月3日で、法華講に入ってやっと満三年になります。

この三年が平穏であったかというと、苦しかったです。

やっと、ホッとできています。

初信の功徳はいただきました。

家族もみんな信心しました。

それでも、自分の積んできた罪業に向き合わせられました。

僕は創価学会2世に生まれ、平成4年の20歳で顕正会に入りました。それ以来38歳まで日蓮正宗を否定する信仰をしてきました。この毒たるや凄まじいものでした。

ブレまくり揺れまくり、仕事も失い悩乱し、悶々とした日もありました。

それでも、何度も御登山させていただき、寺院参詣し、七転八倒する中でだんだんと身に沁みついた罪業の垢が剥がれ落ちて行きました。

創価学会顕正会で、池田や浅井を礼賛していた時の、変なハイテンションやその反動の自殺願望みたいなものとは違いました。

怠け者で五座三座の勤行ができなかったり、仕事がまったく手につかなかったりした私が、今は朝夕必ず勤行を出来るようになりました。毎月の御講にも必ず参詣し、塔婆供養・御供養・墓参も出来るようになりました。

周囲の環境が激変しています。

周囲に苛め抜かれてきた私が、自分の周囲に必要とされるようになりました。本当に日蓮正宗に感謝しています。

創価学会顕正会の諸君!

早く気付いてほしい。それだけです。

人に抜きんでる必要もなく、本当に普通に人として当たり前のレベルの信仰で、十分に幸せになれます。

デマに惑わされることなくよくよく考えてみてください。

あなたの信仰は日蓮正宗が根本なのですよ。

戸田先生の時にも御宗門には様々な問題がありました。

戸田先生は御僧侶や貎下に対して、気に食わないことがあるからとか、ウマが合わないからと言って本山に敵対しましたか?していませんよ。

これは顕正会員にも分かってほしいことです。たとえ日蓮正宗の御僧侶がたに一時的にとはいえ、至らないところがあったとして、弓を引くことが忠義なのですか?そして、真摯に過去を反省し折伏戦に立った、御宗門の脚を引っ張ることが、百蓮華の団体とやらの所業ですか?

私には到底許されないような、正宗誹謗の咎があります。でも、膿を出し切るには正宗の信仰しかありませんよ。他に方法はないのです。

それは戸田さんがよく言っていましたね。信心によって倒れた者は、信心に依って立ちあがるほかないと。

戸田城聖質問会集より
[質問]:御本尊様をそまつにした場合、いろいろの罰を受けると聞いています。たとえば錐(きり)で穴をあけたりした場合、七つあければ、それと同じように、自分が与太者にどうとかされるとか、夫が傷を受けるとかという話が、一部いわれておりますが・・・・・。



御本尊様をおそまつにするということは、仏罰をこうむります。しかし、あなたのいうように、御本尊様をそまつにしたら、愛する夫がヤクザに乱暴されるとか、御本尊様に七つ穴をあけたら、自分が七つ穴をあけられるとか、そういうふうに、さもわかったようなことをいう人はおかしい。そんなばかなことはありません。

それなら仏罰はないか。あります。ありますが、その仏罰は、こんなものが出るとか、あんなものが出るとかは、いえないのです。ただその人が、幸福になれないということはたしかです。

この御本尊をそまつにした人は、ひどいものです。その貧乏な姿を、見せにきます。不幸になった姿を見せにきます。それを、乱暴されるとか、なんとかというのは軽率です。そういう場合もあるかもしれませんが、それは、その人のもっている不幸をば、とくに現してくるのですから、どういう形で出るとはいえません。

御本尊をそまつにした人は、ひじょうに気の毒です。じつに気の毒です。ですから、かわいそうだと思って、よく、こんこんと改めて信心するように、教えておけばよいのです。あまりくどく、御本尊様をそまつにした者を追いかけてもだめです。いまに姿を現してきますから、そのときに折伏してあげればいいのです。

私は、いまから二十五年前くらいに、三人の方に御本尊をお持たせした。女の人です。しかもそれは常住御本尊様でした。二人の人はごくまじめに信仰を続けてこられた。一人は、ともかく聞くところによれば、一億からの財産をつくられたそうです。もう一人の方も、りっぱな生活をしておられます。

いま一人の人が御本尊様をそまつにしています。そまつといっても、不敬したわけではないのです。ただ拝まなくなってしまったのです。ありがたいと思わなくなってしまったのです。

どうですか、二十二、三年たってから、一昨年でしたか、私のところへ、御本尊を持って、出てきたではないですか。私はなにもいわずに、すぐ「あなたは幸せですか」といった。「幸せではない」という。もう、それこそみすぼらしい姿なのです。

私はまえにその人を、総本山での夏季講習会にいっぺん連れていったことがあるのです。そのときの喜びというものは、ひじょうなものでした。年をとった人ですが、女学生にかえったみたいな姿でした。私はその姿をまざまざと目で見ているのです。

「あなたは、あのときの幸せをすっ飛ばしてしまったね」といってあげました。もうぬけたみたいな顔になってしまっているのです。そして、蹌踉(そうろう)としてやせ犬みたいなかっこうで、私の前へわざわざ御本尊を持って現れたのです。

これは恐ろしいものです。ほんとうに恐ろしいものです。そういうふうな現証は、かならずあるのです。さきほどのように、どうなるこうなるなどと決定したようなことは、いうものではありません。ただ仏罰の恐ろしいというだけでは、いっておかなければなりません。

ある男ですが、これは御本尊を受けて、少しも拝まないで、ゴミだらけにしておいた。それが、犬のような生活の姿を、わざわざ私に見せにきた。ひどいものです。だからじっと見ていなさい。いらないことをいう必要はありません。

ただひとことだけ、「御本尊をそまつにしたら仏罰がでますから、よく考えておやりなさい」とやさしくいって、現証を見ておきなさい。それが一つの折伏です。罰はかならずでます。あたるのではない。でるのです。

罰というのは、その人の生命の状態が生活に現れるのですから「罰をあててやるぞ」などというものではありません。

日蓮正宗で本当に人生をやり直せるのか?疑問に思う方はご連絡ください。

メール porigin@yahoo.co.jp
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