功徳の実感は人それぞれ違う

功徳を積めば積んだ功徳が人徳になり、その人徳は陰徳となって陽報が返ってくる。これが功徳があった、ご利益があったということの真相だ。

日蓮正宗の在家信徒という括りは一緒でも、それぞれの世法での姿や宿業は千差万別であるから、その功徳の積み方にも差があって当然だ。

タバコを吸おうが酒を飲もうが悠々と健康でいたいという人には、それが功徳であり体に悪いから断ち切りたいと願う者が、禁酒禁煙に成功するならそれも功徳である。

学校の先生であれば、生徒になつかれ父兄から信頼され、教育者としての本分を全うできることが功徳である。

宝くじの当選が必要な人には当たるなどということもあるだろうし、そんなものが必要でない人にはつつましく生きることに喜びを感じられる境涯がプレゼントされる。

とにかく一灯照隅の精神でいこう。

自分の身の回りを照らすことができる人材になろう。自分の出す光が強くなれば照らすことができる範囲も広がるし、照らされて自分も光を出そうとする人が増えていけば、それが万灯にもなっていく。

まずは家族・ご先祖を照らすことから始めよう。