心を磨くための勤行・唱題行

日々の仕事や生活の中で、人は数多くの選択や決断をしながら生きています。

自分の昨日の姿を思い出せば、間違った言動やもっとこうするべきだった、こう考えるべきだったなど後悔することは多々あります。

世の中にはマネジメント系の本や占いなど、日々の所作に迷いを持つ人に向けてアドバイスをくれる存在が、無数といっていいほどあると思うのです。

私も「論語」や「易経」に答えを求めることがありますが、それらは確かに東洋の英知ともいうべきすばらしい智慧の書です。しかし、いくらそういったものを座右にしたとしても、千変万化する日常に対応しきれるものではありません。指針とか指南という言葉がありますが、せいぜいが心得をしっかりと持たせてくれるものでしかないのです。いわゆる教養というやつですね。

いくら良い本を読んでも、私などはしょっちゅう同じような過ちを繰り返して生きてきました。教養が身についてないという奴です。

どうやら人には宿命とか宿業という、自分の努力や反省だけではどうしうもないものがあるようです。それは後々になって、運命だったと片づけ諦めてしまっているものなのです。

では、間違った行動やよくない考え方をしてしまう根本はどこにあるのでしょうか。

それはやはり自分の心なのです。自分の心が、自分の生きている環境と不調和を起こして、様々な不幸へと自らを導いてしまっているのです。運命とはまさに命を運ぶと書きますが、自分の命を間違って運んでいるのです。

それを修正するには、自分の心を正しい形に整えなければなりません。心の形が正しくなれば、環境にきちんと適応し正しい行動を採ることが出来るようになります。

その心を整える方法が、日蓮正宗戒壇の大御本尊様への信心と、日々の勤行・唱題なのです。宗祖日蓮大聖人様は『一生成仏抄』に、「深く信心を発こして、日夜朝暮に又懈らず磨くべし。何様にしてか磨くべき、只南無妙法蓮華経と唱へたてまつるを、是をみがくとは云ふなり」(新編御書四十六頁)と仰せであります。