速報!! なんと御釈迦様は仏になるための修行方法をどこにも説いていなかった!!

世間ではいろんな部分観に基づいた哲学や思想がはびこっています。

一番害毒が世界中に広がっているのがキリスト教です。キリスト教がどうしてひどいのかというと、それまでの西欧世界で一番価値があると考えられていた価値観をひっくり返しちゃったからなんです。

西欧文明でもっとも華々しい文明は、古代ギリシャ文明とルネッサンスなんですが、その二つの文明の輝きはいずれもキリスト教によって闇に葬られてしまったのです。その詳細は↓↓を買って読んでみてください。

キリスト教は邪教です! 現代語訳『アンチクリスト』 (講談社+α新書)

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キリスト教の害毒というものを、木っ端微塵に粉砕したニーチェも仏教については称賛しています。全世界を凌駕した西欧帝国主義は、インドから多くの仏典を持ち帰り自国語に翻訳したようです。そのあまりの哲学的思索の深さに、多くのドイツ人哲学者たちは驚嘆し自分の哲学の中に取り入れていったのです。ショーペンハウエルニーチェハイデガーも。

しかし、仏陀の説いた仏教は法華経以外は部分観で、中国に生誕した天台大師によって退けられています。さすがのドイツ人たちも龍樹あたりまでは研究したでしょうが、法華三大部まで研究出来たかどうかあやしいのです。ハイデガーの「存在と時間」なんてどう考えても、「空」の思想を研究しようとして行き詰ったとしか思えませんwww。

しかし、いくら釈尊の説いた教理が深くとも、その究極と言われる法華経を研究しても、どうやったら悟りを開くことができるのかは、釈迦自身が具体的に一言も説いていないので分からなかったのです。

法華経にはただ「我本行菩薩道。 所成寿命。 今猶未尽。 復倍上数。」としか書かれていないのです。その意味は僕なりに超訳しちゃいますと「私はね本当のところを言えば、久遠元初という想像できないくらいの大昔に菩薩の道を修行して仏になったんですよ。そのときから永遠の命を賜りまして、まだまだ全然寿命が尽きていません。」となります。

「は?」でしょ。で、その菩薩の道ってどんな道なのですか?っていう肝心のところが全く出てこないのです。ですから釈尊の仏法ではどうやったら成仏できるのかが分かりません。それは、釈尊は仏という果実をいただいちゃっている仏様です。生まれた時から仏の姿で生まれてますから、本果妙の仏と呼ばれています。まあ、ぶっちゃけて言うと結果の仏といいますか。そういう仏様ですから、過去世で下種を受けていない人は導くことが出来ないのですね。

じゃあ本果妙があるならその大元の原因である、本因妙はなんだろうというのが一番大事でありまして、それはこの世で日蓮正宗の仏法しか説いていないのです。

本因妙とは何か

本因妙の本因とは、本仏の根本の因行をいいます。そして、その果報である仏果を本果といいます。この本因本果は、共に微妙不可思議な仏の境界のゆえに本因妙・本果妙というのです。

天台大師は、『法華文句』の中で、『寿量品』の、「我れ本、菩薩の道を行じて成ぜし所の寿命、今猶未だ尽きず。復(また)上(かみ)の数に倍せり」(開結 500頁)との文に、 釈尊の本因妙が説かれていると釈しています。

すなわち、釈尊が菩薩道を行じて初住位に登ったとき、妙法の一分を証得し、常住の慧命を得たと釈して、釈尊の仏果の常住とともに円因を修して得た因の寿命も常住であることを明かしているのです。また天台は、『法華玄義』の中でも本因妙の実義を説いています。そこでは、釈尊が五百塵点劫に初めて仏となった以前の菩薩道には、久遠本仏の智慧と、一切の行の功徳を具足する根本の修行、そして中道の理を証得した初住位が具わると述べられています。

こうして寿量品は、釈尊の仏因とともに仏果の久遠常住を説き、さらに裟婆世界における常住の化導が説かれているのです。しかし、寿量品には、釈尊が本因初住位に登るための法と修行が説かれていません。また天台も、本因妙の真義を知ってはいましたが、時なく、機なく、付嘱がないゆえに、本因初住の一段奥に存する根本の法と修行を顕わに述べることはできませんでした。

ここに、文上脱益の本因妙を説く釈尊仏法の限界があります。日蓮大聖人は、文底本因下種の法体を所有される権能の上から、『本因妙抄』に、「文底とは久遠実成の名字の妙法を余行にわたさず、直達正観・事行の一念三千の南無妙法蓮華経是(これ)なり」(御書 1684頁) と御指南され、また総本山第二十六世日寛上人は、その御相伝の深義を『三重秘伝抄』に、「本因初住の文底に久遠名字の妙法事の一念三千を秘沈し給えり云云。應に知るべし、後々の位に登ることは前々の行に由ることを」(六巻抄 186頁)

と説かれているように、我本行菩薩道の文底には久遠名字の妙法、事の一念三千が秘沈されているのです。この久遠本因名字の法体である下種の南無妙法蓮華経を本尊として修行し、無作三身の仏果を成じられた本仏が、釈尊として垂迹化他に出られるために、歴劫修行の相を説かれ、また初住本因を示されたのです。

南無妙法蓮華経の本尊とは『総勘文抄』に、「釈迦如来五百塵点劫(じんでんごう)の当初(そのかみ)、凡夫にて御坐(おわ)せし時、我が身は地水火風空なりと知(しろ)しめして即座に悟(さと)りを開きたまひき」(御書 1419頁) とあるように、 名字凡夫が、 我が身は地水火風空の妙境なりと知るを本因とし、 即座に悟りを開くを本果とする因果一念の法であり、 名字凡夫の当体に即する法です。南無妙法蓮華経は、因に果が直ちに具わる名字本仏の一念であり、この久遠元初の一念の因果に釈尊仏法を含む一切の仏道の功徳が具わるのです。

このように大聖人は、本因のところに直ちに本果が具わるという久遠元初因果一念の証得、文底下種の本因妙を説かれ、さらに、本因妙の凡夫即極の仏こそ自身であることを説かれています。したがって、大聖人の文底下種の本因妙が本仏の本地自行の法体であるのに対し、釈尊の説かれた文上の本因妙は本果脱益の本因妙となるのです。

大白法・平成8年5月16日刊(第455号より転載)

ということは御釈迦様というのは、御本尊様に勤行・唱題して折伏して成仏した仏様ということなんですね。

なるほど!そして御本仏様というただ御一人の仏様だけが「釈迦如来五百塵点劫(じんでんごう)の当初(そのかみ)、凡夫にて御坐(おわ)せし時、我が身は地水火風空なりと知(しろ)しめして即座に悟(さと)りを開きたまひき」即座に悟るということが出来たのですね。この仏様は特別だから御本仏とお呼びするのですが、邪宗日蓮宗はここで迷ってしまって釈迦を本仏としちゃってるんです。とほほ。

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