日本という異文化社会に飛び込んだ韓国人女性が、様々な文化摩擦に悩みつつ得たものは。

■■ Japan On the Globe(313)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■

国柄探訪: 日韓文化摩擦を乗り越えて

 日本という異文化社会に飛び込んだ韓国人女性が、
様々な文化摩擦に悩みつつ得たものは。
■■■■■ H15.10.05 ■■ 38,718 Copies ■■ 951,628 Views■

■1.初来日での「肩透かし」■

 日帝時代を頑迷に反省しない日本人−それは許さないと
いう反日意識を強く持っていた私は、どこへ行っても優し
く親切な日本人、どこへ行っても整然としてきれいな日本
の街並みに触れて、何か肩透かしをくわされた感じがした。

 戦後、最も強固な反日教育を受けた「反日世代」といわ
れた私の世代は、日本といえば「悪魔の国」と答えるほど
だったから、「日本人がよい人たちであるはずがない」と
いう強い先入観をもっていたのである。[1,p16]

 これが「東京経由のアメリカ留学」の計画で来日した27歳
の韓国人女性・呉善花さんの日本での第一印象であった。

■2.日本の商売人は何て良心的なんだろう!■

 昭和58年7月に留学生ビザで来日した呉善花さんは東京は
北区十条の友人のアパートに同居し、そこから日本語学校に通
い始めた。ソウルでは間借り生活で台所やトイレも共用だった
が、ここではすべて自前で、さらに友達が冷蔵庫、洗濯機、テ
レビ、電話まで揃えていたのにびっくりした。

 白米のご飯のおいしさにも感動した。韓国で白米を食べられ
るようになったのは1988年のソウルオリンピックの頃からであ
る。それまでは一般の家庭では白米に粟や麦を混ぜて食べてい
た。学校へ持って行く弁当でも百パーセント白米のご飯は贅沢
だというので禁止されていた。

 そんなある日、近所のお米屋さんでお米を一袋買って炊いて
みると、パサパサとしてまるでおいしくない。不思議に思って
店で聞いてみると、三分づきのほとんど玄米と同じ健康食用の
コメを間違えて買ってしまったと分かった。

 店のご主人は呉さんが誤って買ったお米を普通のお米に取り
替えてくれ、差額だけを支払って下さい、と言う。何て良心的
なんだろうと呉さんは思った。ソウルでは1万ウォン札を渡し
たのに、5千ウォンだったと店の人がごまかして喧嘩になった
ことが何度もある。日本ではそんな事は絶対にない、日本人は
良心的だ、という噂が留学生たちの間に流れていく。

■3.自然の美しさ、人々の温かさ■

 来日した当初は、親切な人が多い、秩序が安定している、街
がきれい、豊かな生活物資が満ちあふれているなど、とにかく
いい所ばかりが目についた。

 特に呉さんの心を打ったのは、海と山が間近に接近した独特
の地形が織りなす自然の美しさだった。東京の叔母に誘われて
伊豆の東海岸を旅行した時には、その風景の美しさにすっかり
魅了された。これほど海と山と人の生活が溶け合った光景は韓
国ではほとんど見られない。海と山は平野によって遠くに隔て
られている−−そんな大陸的な風景が韓国のものである。旅先
で出会った地元の人々からは、風景そのままの率直な温かさが
伝わってくる。

 都会でも山の緑が家々のすぐ近くまで張り出している。それ
なのに人々はさらに自宅の庭に草木を植える。韓国では人々が
暮らす村里に緑があると動くのに邪魔になるという感覚が昔か
らある。庭に草木を植える家はかなり上流階級に限られていた。
しかし日本では普通の人でも普段の生活の中で緑を慈しむのだ
という。そんな違いも驚きだった。

■4.急に怒り出した八百屋さん■

 日本に来て最初の一年は、良い日本に感激した時期であった。
それは韓国で教えられていた日本の姿とはまったく違っていた。
しかし、2年経ち、3年を経て、日本の内部に入っていくよう
になると、呉さんはしだいに文化や習慣の違いからくる摩擦に
悩まされるようになっていった。

 十条のアパートの近くに小さな八百屋があった。ご主人が親
切にしてくれるので、野菜はいつもその店から買っていた。あ
る日、キムチを作ろうと、その八百屋に白菜を買いに行った。
呉さんは店先に積まれた白菜を、一つ、また一つと触って品定
めをしながら、「おじさん、今日は白菜をたくさん買いますか
らね、いいのを選んで下さいよ」と言った。

 すると、主人は急に怒り出して、「悪いけど、うちのものは
あなたには売りませんよ」。何が気に障ったのか、わけがわか
らない呉さんが「なぜそんなに怒るんですか」と聞くと、プイ
と横を向いて「朝鮮人にはものを売りませんよ」。同じような
ことが、美容院やお寿司屋さんでもあった。ようやくその理由
が分かったのは、それから数年後のことだった。

 韓国ではものを作る人、売る人を一段下に見る風潮があり、
また店の方でもいい加減なものを作ったり売ったりする傾向が
強い。そのため買い物をする時に、品質について念を押したり、
自ら商品に触って確かめるという事が一般的である。八百屋に
いけば「いい野菜をください」というのが、ごく普通の挨拶で
あり、それが店の人への親しみの表現なのであった。

 しかし、日本では八百屋は八百屋なりに、うちでは悪い野菜
など売らない、という誇りがある。韓国流の「いい白菜をくだ
さいね」という挨拶は、その誇りを傷つけるのだ。こういう場
合は「キムチを作りたいんだけど、どんな白菜がいいかしら」
などと、相手を専門家として持ち上げてやることが日本流であ
る。

 こういう対人関係の有り様は、右側通行か、左側通行か、と
いう交通規則と同じで、優劣の問題ではなく、一つの文化内
暗黙のルールなのである。左側通行の社会で右側通行をしたら
あちこちで衝突する。呉さんが悩んだのは、こういう文化の違
いだった。

■5.消しゴム事件■

 日本人の友だちができて、本格的につきあい始めると、ここ
でもさまざまな摩擦が生じてきた。たとえば、韓国ではご飯も
スープも食卓に置いたまま、スプーンですくって食べるのが食
事作法である。お茶碗を手に持って食べるのは、たいへん行儀
の悪いことである。

 それが日本の作法だと知っていても、目の前でそうされると、
生理的な嫌悪感を抑えることができない。日本人はなぜそんな
おかしな事をするのか、嫌な人たちだ、と思えてしまう。

 大学に入ってから、とても気のあう日本人の友だちができた。
しかし、その友だちは一緒に勉強していて、呉さんに消しゴム
を借りる時に「ちょっと消しゴム、貸してくれる?」と聞くの
である。返すときもいちいち「ありがとう」と言う。そのたび
に呉さんは「この