日蓮正宗で必ず成仏させていただけるという確信をいただきました。

昨日の座談会に出席して本当に心から良かったと思いました。

私は創価学会顕正会に在籍していた時に、心に染み込んだ毒が抜けずにこの三年苦しんできました。なかなか純真な信心になれなかったのです。

その根底には僧侶への怨嫉がありました。40年にもわたって日蓮正宗の僧侶を罵り・陰口を叩いてきた団体にいて、心の中から僧侶を尊敬し袈裟衣の裾にすがりつく信心ということが、なかなか自分の心に湧いてこなかったのです。

法華講の人についても、ちょっとしたことで嫌悪感を抱いたりバカにしたりしておりました。

しかし、そういった偏見や間違ったモノの見方は、相手に問題があるのではなく、自分のこころが清浄でないところから出てきていたのだと今は思うのです。

座談会から足が遠のいていたのもその一つであったのかもしれません。

昨日の座談会で御住職様の確信に満ちた、やさしい御言葉に僕の濁った心は現れて行く思いがしました。謗法の罪が重く認知症になり、老衰の床についてしまった父の事について、「絶対に大丈夫だから。最後は安らかな顔で送り出してあげられるから。心配しなくていいのですよ。」と何度も励まして下さいました。

そして、一緒に座談会に出ていらっしゃった婦人部の方の体験もお聞かせ下さり、「長年、真言宗だったおばあさんが87歳で入信して、4年間寝たきりだったけど褥瘡ひとつ出来ることなく、安らかにきれいな顔で亡くなっていかれたんですよ」と教えてくださいました。その方の御葬儀に参加された婦人部長さんも「本当にきれいな顔だったのよ」と証言されておりました。

また、別の御婦人は甥っ子さんが目の大病を患い、三度の手術を乗り越えて完治したお話をして下さいました。御住職様にも御祈念していただき、御塔婆供養は分かる限りの親族の分を回向したそうです。そして、手術の日には法華講のメンバーみんなで、手術の時間に合わせて御題目を送ったそうです。先日の御講の時に本人がお寺に来て、みんなにお礼を言っておりましたが、まだ15歳の少年でした。失明を逃れたことを笑顔で感謝しておりました。

謗法を諌め日蓮正宗への帰依をお勧めすることは、私たち法華講員の勤めであります。しかし、本物の信心をつかみつつある法華講員は、創価学会顕正会の人たちのように、議論に勝つことや他人の不幸を喜び、死後の堕獄をチラつかせて脅しあげるようなことはないのです。

日蓮正宗の御僧侶が勧誡を受けにくる人に、その方が積んできた罪業を罵るというような姿は見たことがありません。

どうか、創価学会顕正会で悩み苦しみの境涯に沈んでおられる方は、安心して最寄りの日蓮正宗寺院や知り合いの法華講員の方に相談してみてください。必ず、あなたの罪障消滅はかない、成仏させていただける境涯に引き上げて下さいます。

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