亡国の瀬戸際ですが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。

法華経を以て国土を祈らば上一人より下万民に至るまで悉く悦び栄へ給うべき鎮護国家の大白法なり、但し阿闍世王・阿育大王は始めは悪王なりしかども耆婆大臣の語を用ひ夜叉尊者を信じ給いて後にこそ賢王の名をば留め給いしか、南三・北七を捨てて智顗法師を用ひ給いし陳主・六宗の碩徳を捨てて最澄法師を用ひ給いし桓武天皇は今に賢王の名を留め給へり、智顗法師と云うは後には天台大師と号し奉る最澄法師は後には伝教大師と云う是なり、今の国主も又是くの如し現世安穏後生善処なるべき此の大白法を信じて国土に弘め給はば万国に其の身を仰がれ後代に賢人の名を留め給うべし、知らず又無辺行菩薩の化身にてやましますらん、又妙法の五字を弘め給はん智者をばいかに賤くとも上行菩薩の化身か又釈迦如来の御使かと思うべし、又薬王菩薩・薬上菩薩・観音・勢至の菩薩は正像二千年の御使なり此等の菩薩達の御番は早過たれば上古の様に利生有るまじきなり、されば当世の祈を御覧ぜよ一切叶はざる者なり、末法今の世の番衆は上行・無辺行等にてをはしますなり此等を能能明らめ信じてこそ法の験も仏菩薩の利生も有るべしとは見えたれ、譬えばよき火打とよき石のかどと・よきほくちと此の三寄り合いて火を用ゆるなり、祈も又是くの如しよき師と・よき檀那と・よき法と此の三寄り合いて祈を成就し国土の大難をも払ふべき者なり、よき師とは指したる世間の失無くして聊のへつらうことなく少欲知足にして慈悲有らん僧の経文に任せて法華経を読み持ちて人をも勧めて持たせん僧をば仏は一切の僧の中に吉第一の法師なりと讃められたり、吉檀那とは貴人にもよらず賤人をもにくまず上にもよらず下をもいやしまず一切・人をば用いずして一切経の中に法華経を持たん人をば一切の人の中に吉人なりと仏は説給へり吉法とは此の法華経を最為第一の法と説かれたり、已説の経の中にも今説の経の中にも当説の経の中にも此の経第一と見えて候へば吉法なり、禅宗真言宗等の経法は第二・第三なり殊に取り分けて申せば真言の法は第七重の劣なり、然るに日本国には第二・第三乃至第七重の劣の法をもつて御祈禱あれども未だ其の証拠をみず、最上第一の妙法をもつて御祈禱あるべきか、是を正直捨方便・但説無上道・唯此一事実と云へり誰か疑をなすべきや。(法華初心成仏抄)

その昔、「あっつぁブログ」というものが盛況だったことがありました。

顕正会を脱会した人たちで賑わっておりました。

日蓮正宗に鞍替えした人、無宗教に戻った人等、様々な人の交流の場でした。

浅井昭衛憎しで凝り固まった人の中には、国立戒壇を馬鹿にする人が大勢いたことを懐かしく思います。

日蓮大聖人様は、たかが日本のような小国一国を主眼に置かれたのではないという、暴論・迷論が跋扈しておりました。

その根源は創価学会日蓮正宗にあるというのも情けない話ではありますが。

第四に国を知るとは、通じて之を論ずれば法華有縁の国なり、別して之を論ずれば本門の三大秘法広宣流布の根本の妙国なり。日本の名に且しばらく三意有り。
 一には所弘の法を表わして日本と名づくるなり。謂わく、日は是れ能譬・本は是れ所譬、法譬倶ともに挙げて日本と名づくるなり。経(薬王品)に云わく「又日天子の能よく諸もろもろの闇を除くが如し」云云。宗祖云わく「日蓮云わく、日は本門に譬たとうるなり」云云。日は文底独一本門に譬うるなり、四条抄に「名の目出度めでたきは日本第一」と云う是れなり云云。
二に能弘の人を表わして日本と名づくるなり。謂わく、日蓮の本国の故なり。故に顕仏未来記に云わく「天竺・漢土に亦法華経の行者之有るか如何。答えて云わく、四天下の中に全く二の日無し、四海の内豈あに両主有らんや」云云。故に知んぬ、此の国は日蓮の本国なり云云。
三には本門流布の根本を表して日本と名づくるなり。謂わく、日は即すなわち文底独一の本門三大秘法なり、本は即ち此の秘法広宣流布の根本なり、故に日本と云うなり。応に知るべし、月は西より東に向う、日は東より西に入る、之を思い合わすべし。然れば則ち日本国は本因妙の教主日蓮大聖の本国にして本門の三大秘法広宣流布の根本の妙国なり
問う、若もし爾らば蓮祖出世の後、応まさに日本と名づくべし、何ぞ開闢已来日本国と名づくるや。
答う、是れ霊瑞感通し嘉名早く立つる故なり、例せば不害国の名の如し。記の一末に云わく「摩訶提は此に不害と云う。劫初より已来いらい刑殺無き故なり、阿闍世に至りて指を截るを刑と為なす、後自ら指を齧むに痛し、復た此の刑を息む。仏当に其の地に生るべき故に吉兆預じめ彰わる、所以に先ず不害国の名を置く」等云云。
 今復た是くの如し。蓮祖当に此の国に生まれ独一本門の妙法を弘通すべき故に吉兆預め彰わる。所以に先より日本国の名を置くなり、彼此異なりと雖も其の趣是れ同じきなり、豈に之を信ぜざるべけんや。此くの如く知るを則すなわち之これ国を知ると謂いうなり。(依義判文抄)

本門戒壇建立は「三大秘法広宣流布の根本の妙国」たる日本の発迹顕本(ほっしゃくけんぽん)なのです。「迹を開いて、真実の姿を顕す」という意味ですから、事の戒壇の力を率先垂範して世界に示さなくてはならないのです。地球が事の寂光土となるための鍵なのです。

世界広宣流布後本門戒壇建立論とでも言うのでしょうか?その馬鹿げた虚妄も日寛上人様の依義判文抄の御教示を読めば、一目瞭然だと思うのですが。

古い法華講員は日本国に広宣流布した後に、本門戒壇建立を実現し仏法は西へと公伝していくと信じております。

公伝とは国としての他国への慈悲による折伏であり、日本の繫栄と幸福の秘訣を各国の要人が学びに来るという姿です。

戦後の日本の繫栄は経済的繁栄のみの結果を生み出し、周辺国の憎悪と妬みの対象になったにすぎません。その原因は創価学会獅子身中の虫たる信仰姿勢にあったのですが、それを未然に砕波出来なかった日蓮正宗の責任も同等以上に大きいでしょう。

然るに上行菩薩等・末法の始の五百年に出生して此の境智の二法たる五字を弘めさせ給うべしと見えたり経文赫赫たり明明たり誰か是を論ぜん、日蓮は其の人にも非ず又御使にもあらざれども先序分にあらあら弘め候なり、既に上行菩薩・釈迦如来より妙法の智水を受けて末代悪世の枯槁の衆生に流れかよはし給う是れ智慧の義なり、釈尊より上行菩薩へ譲り与へ給う然るに日蓮又日本国にして此の法門を弘む、又是には総別の二義あり総別の二義少しも相そむけば成仏思もよらず輪廻生死のもといたらん、例せば大通仏の第十六の釈迦如来に下種せし今日の声聞は全く弥陀・薬師に遇て成仏せず譬えば大海の水を家内へくみ来らんには家内の者皆縁をふるべきなり、然れども汲み来るところの大海の一滴を閣きて又他方の大海の水を求めん事は大僻案なり大愚癡なり、法華経の大海の智慧の水を受けたる根源の師を忘れて余へ心をうつさば必ず輪廻生死のわざはいなるべし、但し師なりとも誤ある者をば捨つべし又捨てざる義も有るべし世間・仏法の道理によるべきなり、末世の僧等は仏法の道理をば・しらずして我慢に著して師をいやしみ檀那をへつらふなり、但正直にして少欲知足たらん僧こそ真実の僧なるべけれ、文句の一に云く「既に未だ真を発さざれば第一義天に慙じ諸の聖人に愧ず即是れ有羞の僧なり観慧若し発するは即真実の僧なり」云云、涅槃経に云く「若し善比丘あつて法を壊る者を見て置いて呵責し駈遣し挙処せずんば当に知るべし是の人は仏法の中の怨なり、若し能く駈遣し呵責し挙処せんは是れ我が弟子真の声聞なり」云云、此の文の中に見壊法者の見と置不呵責の置とを能く能く心腑に染む可きなり、法華経の敵を見ながら置いてせめずんば師檀ともに無間地獄は疑いなかるべし、南岳大師の云く「諸の悪人と倶に地獄に堕ちん」云云、謗法を責めずして成仏を願はば火の中に水を求め水の中に火を尋ぬるが如くなるべしはかなし・はかなし、何に法華経を信じ給うとも謗法あらば必ず地獄にをつべし、うるし千ばいに蟹の足一つ入れたらんが如し、毒気深入・失本心故は是なり、経に云く「在在諸の仏土に常に師と倶に生ぜん」又云く「若し法師に親近せば速かに菩薩の道を得ん是の師に随順して学せば恒沙の仏を見たてまつることを得ん」釈に云く「本此の仏に従つて初めて道心を発し亦此の仏に従つて不退地に住す」又云く「初め此の仏菩薩に従つて結縁し還此の仏菩薩に於て成就す」云云、返す返すも本従たがへずして成仏せしめ給うべし、釈尊は一切衆生の本従の師にて而も主親の徳を備へ給う、此法門を日蓮申す故に忠言耳に逆う道理なるが故に流罪せられ命にも及びしなり、然どもいまだこりず候法華経は種の如く仏はうへての如く衆生は田の如くなり、若し此等の義をたがへさせ給はば日蓮も後生は助け申すまじく候、恐恐謹言。(曾谷殿御返事)

日蓮正宗の御坊様方は「但正直にして少欲知足たらん僧こそ真実の僧」なのでしょうか?

浅井昭衛の予言癖を笑う者は多いですが、25年間彼を見続けてきた私にすれば、結局その通りになったとしか思えないのですが。

ただ、広宣流布に関して言えば浅井昭衛の戸田城聖もどきの広宣流布観もまた、稚拙な論のような気がしています。

阿呆のポン助を何千万人折伏して信心させても、一朝にして退転してしまうという現証を創価学会は教えてくれました。

大衆翼賛論は間違いなのです。

大衆の入信は王の折伏によってなされなければ、本当の鎮護国家も地球の寂光土化もあり得ないと思うのです。

漢文
季康子問政於孔子、曰、如殺無道以就有道、何如、孔子對曰、子爲政、焉用殺、子欲善而民善矣、君子之徳風也、小人之徳草也、草上之風必偃。

書き下し文
季康子(きこうし)、政(まつりごと)を孔子に問いて曰わく、如(も)し無道(むどう)を殺して以(もっ)て有道(ゆうどう)に就(つ)かば、何如(いかん)。孔子対(こた)て曰わく、子、政を為すに、焉(な)んぞ殺(さつ)を用いん。子、善を欲すれば、民善ならん。君子の徳は風なり、小人の徳は草なり。草、これに風を上(くわ)うれば、必らず偃(ふ)す。

現代語訳
季康子(きこうし)が孔子に政治について尋ねて言いました、
「人々を正道につかせるために、無道の者達を殺してはいかがでしょうか?」
孔子は、
「どうして政治を行うのに人々を殺す必要があるのです。あなたが善を追い求めれば人々は善くなります。人々の手本たるべき君子の性質は風です、他の人々の性質は草です。草の上を風が吹けばおのずから頭を垂れるものです。」
と答えられました。

論語 顔淵第十二の十九)

論語をよく読むべきだと常々言っているのは、こういう常識が日本人から失われているからです。開目抄の外道論を用いて卑しめるのは自由ですが、それは謗法です。

日蓮大聖人様は論語を謗法だと言っているのではないのです。民主主義とか共産主義とか、資本主義もそうですが、そういった間違った思想信条を学ぶ前に、世法の根本を学ぶべきだと思うのです。

 夫れ一切衆生の尊敬すべき者三あり所謂主師親これなり、又習学すべき物三あり、所謂儒外内これなり。
 儒家には三皇・五帝・三王・此等を天尊と号す諸臣の頭目・万民の橋梁なり、三皇已前は父をしらず人皆禽獣に同ず五帝已後は父母を弁て孝をいたす、所謂重華はかたくなはしき父をうやまひ沛公は帝となつて大公を拝す、武王は西伯を木像に造り丁蘭は母の形をきざめり、此等は孝の手本なり、比干は殷の世の・ほろぶべきを見て・しゐて帝をいさめ頭をはねらる、公胤といゐし者は懿公の肝をとつて我が腹をさき肝を入て死しぬ此等は忠の手本なり、尹寿は堯王の師・務成は舜王の師・大公望は文王の師・老子孔子の師なり此等を四聖とがうす、天尊・頭をかたぶけ万民・掌をあわす、此等の聖人に三墳・五典・三史等の三千余巻の書あり、其の所詮は三玄をいでず三玄とは一には有の玄・周公等此れを立つ、二には無の玄・老子等・三には亦有亦無等・荘子が玄これなり、玄とは黒なり父母未生已前をたづぬれば或は元気よりして生じ或は貴賤・苦楽・是非・得失等は皆自然等云云。
 かくのごとく巧に立つといえども・いまだ過去・未来を一分もしらず玄とは黒なり幽なりかるがゆへに玄という但現在計りしれるににたり、現在にをひて仁義を制して身をまほり国を安んず此に相違すれば族をほろぼし家を亡ぼす等いう、此等の賢聖の人人は聖人なりといえども過去を・しらざること凡夫の背を見ず・未来を・かがみざること盲人の前をみざるがごとし、但現在に家を治め孝をいたし堅く五常を行ずれば傍輩も・うやまい名も国にきこえ賢王もこれを召して或は臣となし或は師とたのみ或は位をゆづり天も来て守りつかう、所謂周の武王には五老きたりつかえ後漢の光武には二十八宿来つて二十八将となりし此なり、而りといえども過去未来をしらざれば父母・主君・師匠の後世をもたすけず不知恩の者なり・まことの賢聖にあらず、孔子が此の土に賢聖なし西方に仏図という者あり此聖人なりといゐて外典を仏法の初門となせしこれなり、礼楽等を教て内典わたらば戒定慧をしりやすからせんがため・王臣を教て尊卑をさだめ父母を教て孝の高きをしらしめ師匠を教て帰依をしらしむ、妙楽大師云く「仏教の流化実に玆に頼る礼楽前きに馳せて真道後に啓らく」等云云、天台云く「金光明経に云く一切世間所有の善論皆此の経に因る、若し深く世法を識れば即ち是れ仏法なり」等云云、止観に云く「我れ三聖を遣わして彼の真丹を化す」等云云、弘決に云く「清浄法行経に云く月光菩薩彼に顔回と称し光浄菩薩彼に仲尼と称し迦葉菩薩彼に老子と称す天竺より此の震旦を指して彼と為す」等云云。(開目抄上)

アメリカ占領後の日本の思想は、「儒外内」いずれも放擲してしまった無道国家に堕しているということなのです。

戦前の日本国の姿も謗法でした。国家神道という間違ったファシズム思想と、開国による西洋列強への適応は一億総慢心社会を湧現させてしまいました。しかし、敗戦後の卑屈な経済至上主義と似非平和国家思想も謗法です。

公的な学校教育自体が無道ですから仕方がないかもしれませんが、有志にはご理解いただきたいと思い一筆言上仕る次第です。

 

論語 (岩波文庫 青202-1)

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現代語訳 論語 (ちくま新書)

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論語新釈 (講談社学術文庫)

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